III.残夢

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当時の真里の自宅は西18丁目駅から徒歩5分程の 市電の駅のすぐそばにあった。 レンガ造りの賃貸マンションの前で 真里は蒼井を見上げた。 「ここなの。送ってくれてありがとうね。」 「ああ。じゃあ、明日10時30分に。」 「うん!」 真里は満面の笑みで大きく頷いた。 地下鉄の駅へ戻る蒼井を見送ろうとしたが 彼は真里と向かい合ったまま動かない。 一瞬の沈黙の後に蒼井が言った。 「もう行っていいよ。」 「えっ?」 真里はきょとんとした。 蒼井が微笑んで言う。 「真里が先に中に入らないと 送ってきた意味がないだろ?」 真里の胸がトクンッと高鳴る。 今まで付き合った彼氏達も 大抵は自宅の前までは送ってくれた。 でもこんな風に言ってくれる人は初めてだ。 どうしよう。 ドキドキが止まらない。 「あ・・・ありがとう。じゃあ、行くね。 蒼井くんも気をつけて。」 「うん、おやすみ。」 「おやすみなさい。」 真里はオートロックを開けて マンションの中へ入った。 エレベーターに乗って外を見ると 蒼井が手を振った。 真里も手を振る。 エレベーターが動き出して 蒼井の姿は見えなくなった。 “うん、おやすみ。” 優しい声が耳に残ってる。 真里は赤らんだ頬を両手で包み込んだ。 何?何なの? この溢れるほどの大切にされてる感は。 本当に蒼井と交際しているのだとようやく実感する。 幸せ過ぎて、もう死んでもいい。 あ、やっぱりダメ。 少なくとも明日が終わるまでは 何があっても死にたくない!
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