III.残夢

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5月も下旬に差し掛かった月曜日。 朝の空気はまだひんやりと頬を撫でるが 降り注ぐ日差しは日に日に強さを増している気がする。 先週には札幌市の中心部にある三吉神社(みよしじんじゃ)で 例大祭が執り行われた。 古くから親しみを込めて“さんきちさん”とも呼ばれる この小さな神社の例大祭を皮切りに 道内各地ではようやく訪れた暖かな季節を 噛みしめるように、様々なお祭りが開催される。 札幌で次に控える大きなイベントと言えば 6月上旬に行われるよさこいソーラン祭りである。 元々は大学生の企画で始まったイベントだが 全国的に知られるようになった現在では 道内外からたくさんのチームが集結する。 そして華やかな衣装に身を包んだ 踊り子達の熱い演舞が 5日間に渡り繰り広げられるのだ。 本格的な春を迎え心浮き立つ季節だと言うのに 真里は1人だけ厳冬期に 取り残されているかのようだった。 この雲ひとつなく晴れ渡る青空を 爽やかな気持ちで見上げられない自分が何だか悲しい。 今日ほど会社なんて消えてしまえっ!と思ったことはない。 とは言えさすがに休むわけにもいかず 重い足を何とか運んでシステム部の入口に辿り着いた。 しかし会いたくない時ほど 会いたくない人に会ってしまうものだ。 オフィスに入ろうとした真里は 逆に廊下へ出ようとしていた蒼井と 鉢合わせになってしまった。 「おはよう。土曜日はありがとな。」 蒼井はいつもと変わらず穏やかに言った。 「おはよ。どういたしまして。」 真里は蒼井の顔も見ずに素っ気なく言い 彼の前を足早に通り過ぎた。 蒼井は目をパチクリして いつもと様子が違う真里を見送った。
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