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20年前に購入した戸建のマイホーム。
当時は新しく洒落ていたつくりも大分くすんでいる。
子が巣立って10年は経つ、季節の花や家庭菜園はこの家に一人住む人間が世話し間に合う程度になった。
庭が見える日差しが差し込むリビングのソファーセットにかけ、今年55になるこの家の主人。石橋咲也はプリントアウトされた大量の写真を自分の感覚で分別していった。
玄関のドアチャイムの音も玄関からリビングに続くドアの軋む音もさせずに一人の男が現れた。
咲也は振り向きもせず
「いらっしゃい、叔父さん」と告げた。
叔父と呼ばれた男は四十も半ばで歳のわりに整った容姿をした男だった。
「…アルバムかい?」
「ええ、いい区切りですから」
写真の咲也は若い、そして先立った夫、虎哲。息子の永太そして娘の百合。
この写真に叔父は写っていない。
魔王であり、本来咲也"ラーン"を娶るはずだった彼にとっては不本意な時間だったろう、でも約束通り最後まで付き合ってくれた。
「僕がへまをして人間の子を孕んで、孕ませた相手に責任を取らせようなんて、考えてもみれば無茶苦茶な話だ。けど、虎哲は馬鹿正直に責任を取るって…」
「本当初めての人間の世界で子供を産んで育てて、こっちの世界とあっちの世界の違いに戸惑ったり、でも無事に永太が産まれて…」
叔父は咲也を背後から抱き締める、そして首元に顔を押し付ける。
「今でも、やっぱり不満ですか?」
「…そりゃ、もちろん」
「でも、貴方にとってもあの子達との日々は極彩色だったのではありませんか?」
永太が反抗期中、たった一枚だけ撮れた写真も並べる。
分別した写真をアルバムに張りながら。
「夫、虎哲は天に召されました。息子の永太も娘の百合も生涯のパートナーを見つけた」
「今度は、私が約束を守る番ですね」
「長かったですか?」
「…我々にとっては花火を眺めているようなものだよ」
「けど、待った。40年だ」
「分かっています、我が王。今度は私が約束を守る番だ」
50男がふるりと体を揺らすと10代の少年が、そして少年を迎えるように四十男は青年に変化した。
「さぁ、行こう」
誰も居なくなったリビングに一冊のアルバムが残された。
(了)
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