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「この方が三千代の許婚…」
初めて泰隆の写真を見せられた時、
素敵な方だと思った。
三千代が数え年で13歳、小学校六年生の時だ。
「梅ヶ枝泰隆さん。老舗の料理店の次期当主よ。
あなたはそこの女将になるの。
今からそれに相応しい教養を
身につけなければなりませんよ」
母親は淡々と話して聞かせた。
三千代はただ、
素敵な人の元にお嫁に行ける事が嬉しかった。
時代は大正。親の命令は絶対。
自由恋愛など許されない時代…。
特に女性は、学問を身につけるより花嫁修業。
見目麗しい女性は、男性側に請われれば
女学校を中退して結婚した。
良家の子女には洋装や袴が流行っていた。
三千代も、好んで袴やワンピースを
身につけていた。
そんな時代だった。
心ときめく人の元にいけるのが
三千代は嬉しかった。
頂いた彼の写真をアルバムに貼り、
好きだった押し花をあしらい、飾った。
その時から、彼への想いを綴るものとなった。
言葉は綴らない。
万が一、誰かに見られても大丈夫なように。
三千代の家は、代々続く小料理屋だった。
嫁姑の関係の厳しさ。
夫は外に愛人を囲うのが当たり前。
妻は文句一つ言わず三つ指をついて帰宅を待つ。
自身の両親、祖父母を見て肌で感じていた。
初めて泰隆と対面したのは、
三千代が数え年で15歳、泰隆は18歳の時だった。
高身長で長い手足。
端整な顔立ちの泰隆は、女性の憧れの的だった。
既に、何人もの女性と浮き名を流していた。
…お写真で見るよりも更に素敵な方…
三千代は一目で恋に落ちた。
けれども泰隆の態度は冷たく、
明らかに乗り気では無い縁談のようだった。
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「…それにね、泰隆さんには、
本気で愛して結婚したい方がいたんだよ…」
三千代はやよいを通り越して、
どこか遠くを見るような眼差しをした。
…そんな。お祖母ちゃん、可哀想…
やよいは悲しく思いながらも、
静かに祖母の次の言葉を待った。
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