第3話 牡丹とマツバボタン

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「…あれは、四月の後半だったかねぇ。 庭の白いハナミズキが見頃を終えてね。 菖蒲や牡丹が花開き始めたんだよ」 祖母は本当に懐かしそうに目を細め、 アルバムをみつめる。 「私は牡丹の花が格別に好きでねぇ。 特に紅色のがね。 このアルバムの牡丹は、花びら数枚で 作ったんだけどね。 その日、いくつかある内の中の一輪だけ。 紅色の牡丹が綺麗に花開いてねぇ。 妙にそれが嬉しくてね。 丁度、昼前に帰ってきた泰隆さんが 庭を通ったんだよ」 当時の事が、 目に浮かんでるかのように瞳がキラキラと輝く。 「『お帰りなさい、あなた。 ご覧下さいな。今年も牡丹が見事に 咲きましたわ』」 と声をかけたんだよ。 そしたらあの人、 何故か生まれて初めて私に会ったかのように 呆然として私を見てね…。 穴の空くように見つめるんだよ。 どうしたんだろう? と声をかけずに様子を見ていたんだよ。 そしたらね…」 ウフフフ…と祖母は少し照れたように笑い、 「何を血迷ったのか私を急に抱きしめてね…」 …おばぁちゃん、可愛い。 ほっぺがピンクになってる… やよいはそんな祖母に見とれた。 そして話の続きを待つ。 「…しばらくそうしててね。 いきなり照れたように離れると、 『お前、最初は白いマツバボタンみたいだ と思ったが、そ、その…なんだ、 その紅の牡丹みたいだったんだな』 とぎこちなく言ってね。 何故か真っ赤になってたねぇ。 そして家の中に走ってちゃってね。 …それからだねぇ。 その日を境に、他の女の人の家には 行かなくなってね。 真面目に家業に精を出すようになって。 もう、沢山の女の人と遊ばなくなったんだよ。 理由は、話してくれないんだけどね。 初めてあの人が、 私を花に例えてくれたのが嬉しくてねぇ。 思わず記念に押し花にしてみたんだよ」 そう言って 照れたように笑みを浮かべる祖母は、 まるで少女みたいに可愛らしかった。 「お母さん、夕飯どうしますか?」 不意に、階段の下から母の声が響く。 「はい、今行くよ」 と祖母は階段の下に向かって答える。 「じゃね、やよいちゃん。 お話付き合ってくれて有り難うね。 夕飯は、やよいが好きな鳥の唐揚げ、 作るからね」 と右目を軽く閉じ、ウィンクすると タッタッタ、と元気よく階段を降りて行った。 やよいはワーイ!と嬉しそうに答えると、 再び押し花のアルバムを見続けた。
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