三章:時渡りの魔法使い、星喰みの魔王

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菖蒲は応じようとして、けれど反射的に顔を伏せてしまった。普通の人間ならば躊躇するだろう。彼女の前に胸を張れはしないだろう。 「そのままの意味だよ」 だが、恵流は違う。 「魔王は、僕達が――僕が、この手で討った。君達が知っている未来を変えたんだ。この滅亡のループを終わらせる為に」 その行動が導く結果なら、十全に解っていた筈だ。それに後ろめたさを感じるくらいなら、生じる咎を受け入れられないなら、それこそが我儘だろう。 「そう、ですか」 魔界の端末も解っていた。その永遠は何れ訪れるのだと。 「そう……です、か……」 それが自らが望んだ結末なのだと。覚悟はしていた。だから、受け入れる。むしろ、喜ばなければいけない。 「あ、れ……?」 ――そう、思っていても。 「おー、と……」 胸の奥底に押し込めて隠していた本当の心だけは納得してはくれなかった。それは、道理に耳を塞いで、泣き叫ぶのだ。 端末に涙を流す機能はない。けれど、その胸に押し寄せる喪失感は人間と大差はなく。 「おーとぉ……っ!」 ――ただ、救いたかった。 ――壊れていく大切な人を、これ以上は見ていられなかった。 悲しいほどに人間的に。だからこそ、彼女もまた滅びの道を選んだのだ。 ひとしきり声を押し殺して失った者の名前を呼び続けた。声は次第に尻すぼみとなって、やがて彼女の小さな身体は力なく横たわる。 活動停止。彼女を動かしていた仮初めの燃料が尽きたのだろう。それはきっと救いなのだろう。 「これでもう、悲しまなくて済む。傷つかなくて済む」 恵流は物言わぬ人形となった端末の乱れきった髪に手を添えて告げる。 「君達が、彼に与えたものと一緒だね」 その様子を、菖蒲は何かを耐えるように奥歯を噛み締めながら見ていた。
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