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プロローグ「チュートリアルを開始します」
星の海を泳いでいた。上下の感覚はあやふやで、けれど両足は確かに慣れ親しんだ大地の感触を得ている。
足元には底の見えない闇と、美しい青い惑星。三百六十度、見渡す限りに数えきれない光の礫が広がり、その迫力たるや、絢爛なプラネタリウムを優に勝る感動を見る者に与える。
「一応、引き継ぎはしておこう。ないよりはマシだからね。うんうん」
が、生憎この青年はそんな情緒は欠片も持ちあわせていない。それどころではないというのが本音ではあるのだが――青年こと平野恵流は、生身と錯覚するほどの滑らかな音声ガイダンスに従って、淡々と初期設定の手続きを進めていた。
『引き継ぎ処理を正常に完了しました。初期設定を省略しますか?』
――いいえ。
『学科を設定して下さい。学科は、特定の条件を満たす事で変更が可能になります』
恵流の眼前、中空に複数のディスプレイが整然と並んだ。それぞれの学科と、その詳細が画像と共に説明されている。
『戦闘技術科』は、近接戦闘に必要とされる能力値に恵まれた学科だ。耐久値や攻撃力に増加補正が掛かるが、その半面に魔法力(=MP《マジックポイント》と影響/効果の威力)が減少する。
『魔法学科』は、魔法(=影響/効果)を扱うのに有利な学科だ。魔法の威力とMP《マジックポイント》が向上する代わりに、耐久値と攻撃力が下がる。
『兵器開発科』は、幻装の性能を引き出す事に長けた学科だ。幻装の補正値に恩恵を得られるが、総合的な能力値倍率がやや低めに設定されている。
『普通科』は、この設定世界では不名誉な地位にあるが、プレイヤーにおいてはその限りではない。そのままの能力値で望む学科だ。メリットはないが、デメリットもない。
それぞれの学科には他にも特殊な条件下で発揮される固有技能もあるが、さしあたりはこんな所だろう。
恵流はさして悩む事もなく『兵器開発科』を選択する。恵流の学科別の習熟度は引き継ぎをしていても『1』で、これは言うまでもなく最低値だ。
『学科を設定しました。バングルを魔石に変換します。魔石を埋め込む部位を選択して下さい』
「強化シナリオと銘打っていても、引き継ぎ以外は初期設定の手順に変わりはなさそうだ」
凡そ半年前にも、恵流は全く同じ手順を踏んでいた。
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