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彼の彼女は今、初めて私に気が付いたかのようなかすかに驚いた反応をした後、彼の言葉に照れたようにかすかにはにかんだ。こちらを見て口を開こうとしている。
私はとっさに彼女よりも先に喋ろうと口が動いた。
「彼女せっかく来てくれたんなら、先に帰りなよ」
「え、でも?」
彼が少しためらうようなしぐさを見せる。
駄目だ。彼に喋らせては。まだ、おかしくはなりたくない。彼に対してにっこり笑って見せた。
「大丈夫。あとやることって言ってもそんなにないし私一人でできることだから」
彼はまだ少し迷ったような表情をしていたが、彼女のほうをちらりと見ると嬉しそうに笑う。
「そうか?じゃあ、今回はお言葉に甘えるな。その代わりまた今度一緒の当番になったときはお前が先に帰っていいから」
そういい彼は放送室のドアを開け部室にカバンを取りに行った。彼の彼女も続いて放送室を出ようとし、思い出したようにこちらを向いた。何を言われるのか怖くて、あたかも作業をしているような様子を見せる私に彼女は明るい声で
「木戸さん、さようなら」
といい部屋を出て行った。その言葉だけで押さえつけていたいろいろが飛び出そうになる。落ち着くために私は流している音楽の音量を少し上げて静かに椅子の上で目をつぶった。
――やっと誰もいなくなった。これで?もう笑わなくていい。
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