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「暑いな。夜になったら少しは涼しくなると思ったけど全然だよな。結構人も多いし、久米、大丈夫か? って、久米?」
確かにまだまだ暑いし、目が回りそうになるくらいの人出だ。
けれども健太は今それどころではなかった。
あろうことかすぐ目の前に立っている内藤が「暑い」などと言いながらTシャツの裾を捲って首に溜まった汗を拭っているのだ。
(あ……お腹が見えてる)
チラリと見えている日に焼けた肌。
形よく割れた腹筋なんて部活の練習の時に見慣れているはずなのに、場所がプールではないというだけでなぜかもの凄く恥ずかしくてドキドキしてしまう。
気のせいか顔まで熱くなってきた。このままでは挙動不審で内藤から変に思われてしまうかもしれない。
健太は堪らず目の前に立つ内藤から顔を背けた。
こんな態度をとって感じが悪いと思われても仕方がないが、同じ男相手に妙な気持ちになってしまっているのを知られるよりもまだマシだ。
(もう、何これ? なんで俺、内藤の腹筋見てドキドキなんてしてんの? や、やっぱり内藤がかっこよすぎるのが良くない……)
「久米?」
内藤が健太の顔をひょいと覗き込んだ。
「ひっ」
いつも遠くからこっそり見ているだけだった内藤の顔が突然目の前に現れ、その距離のあまりの近さに驚いた健太が反射的に体を引いた。
慌てて後ろに下がったため踵が地面に引っかかり、バランスの崩れた健太の体が背中から地面に向かって傾く。
とっさのことでバランスを立て直すこともできず、健太は背中と後頭部への痛みを覚悟し、ぎゅっと目を瞑った。
だが、覚悟した痛みはいつまで経っても訪れない。健太は固く閉じた目を恐る恐る開き、そして息を飲んだ。
「おい、大丈夫か?」
健太の耳元でスマホ越しではない内藤の声が聞こえる。
近いのは声だけではない。耳に直接送り込まれる内藤の声が彼の吐く息とともに健太の耳朶をくすぐり、地面に激突するはずだった背中には内藤の逞しい腕が回されている。
怖いくらいに忙しなく健太の心臓が早鐘を打っている。このままでは心臓が止まってしまうかもしれない。
健太はTシャツの胸元をぎゅっと握りしめ、心を落ち着かせようとゆっくり呼吸した。
「……久米?」
「あ、ありがとう……えっと、大丈夫だから、その……」
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