夏の空と輝くきみ

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 少し待てばすぐにひとつめの駅に到着して、自分がちゃんと目的の電車に乗っているのだとわかった。なのに、健太は小さな子どもみたいに電車の窓にべったりと張りついた上、窓に思いきり額をぶつけてしまった。  今さらながらじわじわと恥ずかしさがこみ上げてくる。  別に誰に見られているわけではないが、健太はぶつけた額を隠すように前髪をくしゃっとかき混ぜ、顔を俯けた。  ふたつめの駅にも停車し、降りる駅まであとひとつ。  待ってる。と言った内藤の言葉が、気がつくと繰り返し健太の頭の中で再生されている。  スマホを通して健太の耳に直接送り込まれた内藤の声は、普段聞いている声よりも少し低く掠れていて、思い出す度に心臓がきゅっと竦む。 「あー、もう。あんなの絶対、反則だって」  ゴンと音をたてて、健太がドアに額をぶつける。  ドア付近にいた乗客がぎょっとした様に健太の方へと顔を向けたが、それどころではない。  そんなことよりも、電話越しに内藤の声を聞いただけでこんなに心の中がざわざわと落ち着かなくなるのに、本人を前に果たして自分が冷静でいられるのかという方が問題だ。  昨日も一昨日も部活はあったし、もちろん内藤もいた。  特に夏休みに入ってからは朝から夕方までと部活の時間も長くなり、自然と健太が内藤と一緒になる機会も増えてくる。  他の部員たちとはわりと打ち解けたが、なぜかいまだに内藤を前にすると健太は緊張で固くなってしまう。 (絶対、感じが悪いと思われてるよなぁ)  内藤から話しかけられても「わかった」とか「うん」とか言うのが精一杯。ましてや健太の名前を呼んで爽やかな笑顔まで見せられた日には、舞い上がりすぎて思考回路がショートし、まともに返事を返すことも出来なくなる。  同じ男相手にこんな気持ちになってしまうのがおかしなことだと健太自身、理解はしているけれど、内藤が泳ぐ姿を初めて目にした時から健太の中で内藤は眩い光のような憧れの存在だ。  例えるならテレビや映画に出てくるアイドルや俳優のようなもので、そんな存在を目の前にして緊張してしまうのは仕方がない。 「だけどなぁ」
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