電車

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 少年が何かを言う前に、ドアが開き少女が降りてゆく。意味がわからなかった。そして、その日から少女に会うことはなくなった。  最初は病気かな、と思った少年も、一週間が過ぎる頃には答えに辿り着いた。なんてことはない。少女は受験生、つまり三年だ。もう学校に行かなくても良くなったのだろう。  残念だったが、しょうがない。何せ少年は彼女の名前も知らないのだから。少女に会うことがなくなった日から、少年の世界は少しだけ色褪せて見えた。  やがて、秋を過ぎて、冬を越えた。  すっかり着慣れた制服に身を包んで、少年は電車へ乗った。いつもと同じ車両だ。背中から押してくるサラリーマンに辟易しつつ、少年は手摺の傍に身を寄せる。 「おはよう」  そんな声が聞こえて、顔を向けると、そこには少女がいた。あの日から会うことがなかった少女だ。制服とは違って少し大人びた服に身を包み、髪留めだけは変わらず猫を象ったものを着けている。 「おはようございます」  少年の挨拶に満足したのか、少女は手元の本に目線を落とした。少年は動揺しつつも、再び会えた偶然に感謝する。そして、この偶然を必然に変えたくて、一つの想いを固めた。  まずは名前を聞こう。  気弱な少年が少女に声を掛けられるのか、それは二人を乗せて先へと進む電車もまだ知らない。
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