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第1章
優しくそよぐ風にひらひらと桜の花びらが舞う季節。
柔らかい陽射しは心地良く、どこか心躍ってしまう、うららかな午後。
そんな素晴らしい景色とは正反対な渋面の青年が一人、苛立ちを隠さず大股にズカズカと歩く。
(くっそ、あのジジイ!言いたい放題言いやがってっ!)
腹を立てている理由は大人社会では良くある事。
態度横柄、王様気取りの面倒な取引先との商談が原因だった。
脂ぎったタヌキ顔の憎たらしい顔を思い出しながら大きな観音扉の門をくぐる姿は、まるで冬眠から無理やり起こされた獣のよう。
今のこの彼に声を掛ける者は勇者と讃えられても可笑しく無いくらいの怒りオーラが発せられている。
ここは東京郊外にある大きな日本屋敷。
関東宇崎組と書かれた、大きな木製表札が掲げられたこの家は彼の生家。
数代前までは世間様から敬遠されるいわゆる極道だったが、現在は建築関係を主に事業展開をしている真っ当な会社だ。
軽くまとめられた少し長めの黒髪に、切れ長の瞳が印象的な端正な顔。
そんな彼を見て、誰一人としてヤクザの血を引いているとは思わぬだろう。
青年は細身の身体に似合ったダークグレーのセミオーダースーツの上着を脱ぎながら、玄関の鍵を乱暴に開けた。
扉を開けた瞬間、青年こと、宇崎怜治(うざきれいじ)の顔は訝しさで歪んだ。
「あ、怜治さん、お帰りなさい。早かったですね。」
そう言って出迎えて……と言うよりは、靴箱の整理をしつつ怜治に挨拶をした青年の名は、律(りつ)。
この宇崎組の代表かつ怜治の実弟である宇崎京市(うざききょういち)の恋人だ。
色々と訳があってこうして一緒に暮らすようになって早数年。
艶やかなクセの無い黒髪を揺らしニッコリと微笑む姿は見慣れているが、その小悪魔ちっくな得も知れぬ色気に年々磨きが掛かって来ている事に怜治は軽く畏怖を覚えていた。
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