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 結局、佳奈子はホスピスを専門とする病院に入院することになった。高田が試みてくれた化学療法は、頭髪が抜け落ちただけで、癌には全く効果がなかったのだ。  明日から入院だ。片付けの終わった自分の部屋で佳奈子は少しだけ泣いた。もと納戸だった小さな部屋だが、寝室とは別に、ここも佳奈子の部屋となっている。 「ここ、佳奈子の好きにしていいから」  油絵の具の匂いが、家中に充満するよりはいいと思ったのかもしれない。たいして広くもない家の貴重な納戸なのに、和巳(かずき)は笑いながらそう言って、部屋を空にして大きな出窓までつけてくれたのだ。  一人息子の雅也(まさや)は高校二年。美大に行きたいと言って和巳を困らせているが、どうなることだろう。自分に似たのかもしれない。思わず、笑みがこぼれた。どんな選択をするにせよ、悔いのない人生を送ってほしい、息子に願うことはそれだけだ。  今夜で家族の夕飯を作るのも最後だ。涙を拭くと、佳奈子は台所に向かった。二人が帰ってくるまでに、元気な佳奈子さん、に戻らないと。一番辛いのは、癌よりも、あの二人の泣き顔だ。 「さて、やりますか」  佳奈子は自分に掛け声をかけると、夕飯の支度にとりかかった。  最後の晩餐は、二人の好物のコロッケにした。手間がかかるメニューだが、二人の喜ぶ顔を、この目に焼き付けておきたい。     
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