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市之瀬家の守り神・卯座姑様を見聞きすることができるのは、限られた人間だけだった。
生まれて間もない赤子や、極端に体の弱い子供。
生まれつき、この世ならざるものたちを見透かす目を持つ者。
そして、いつ命を落としても不思議のない重い病や怪我を負った者。
千寿は生まれつき心の臟が弱く、二十歳まで生きられないだろうと医者の宣告を受けた娘だった。
私が卯座姑様の御姿を見て、お声を聞くことができるようになったのは、肺を病み、一日の大半を床に伏せるようになってからだった。
皮肉にも家の弥栄を祈り、毎日供物を欠かさず祠に手を合わせていた時分には、かの神の影すら拝むことは出来なかったというのに――――
胸に嫌な疼痛が広がった。咳き込むたび、真っ赤な血が袖に飛び散る。
背後に気配を感じて寝返りを打つと、いつの間にか、障子戸の前に卯座姑様が立っていた。
部屋の隅に転がっていってしまった呼び鈴を拾いあげ、私の目の前にそっと置く。
「あ、ああ……」
礼を言いたいのに、もうろくに声が出なかった。
骨と皮だけになった私の背を、卯座姑様は何も仰らず、ただ咳と嗚咽が止まるまでさすってくれた。
この家の者たちは知らない。
いついかなる時も、自分たちが見守られていることを。
この家の者が祠を拝むのは、ただ自分たちの家が栄え続けることを祈っているだけにすぎない。
かつての私がそうであったように。
若く頑健な肉体を有している時分に、人は気付けない。
自分たちはいかに脆弱で、矮小で、浅薄であるかということに。
遠い昔、先祖たちが胸に持っていたであろう神々への畏敬の念を、私たちは時代という荒波の中でいとも容易く取りこぼし、見失ってしまう。
今までも、そしておそらくはこれからも。
だから私は、こうして筆をとろうと思う。
とるに足らない独白を、年寄りの世迷言を、わずかばかりの箴言を後の世に残すことができるなら、それに勝る喜びはない。
どうかこの心優しき守り神との約定が、子々孫々に至るまで、永久に守り続けらることを願って――――
大正八年十月二十日始 市之瀬昭吉
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