第二章 縊家 ~後編~

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差別主義――――確かに彼が俺に向ける視線には、警戒と軽蔑がこもっていた。 「お前、もしかして譲一さんと会ったの?」 緑茶で割った焼酎を飲み干し、怪訝そうに俺と目を合わせる。 「ああ。なんか誤解されてるみたいだけど」 「誤解?」 「俺が日歿堂に入ったのは家の再興とか、御堂家の財産を狙ってるんじゃないかって」 「ああ。俺も利仁も顔合わせるたびに言われるよ。傍系くせにとか、東雲さんを狙ってんだろうとか」 グラスを置き、失笑まじりに呟いた。 「あの人、社長の周りにいる奴は全員、御堂家の財産狙ってると思ってるからなあ」 正直、そこまで疑心暗鬼が過ぎると少し滑稽だった。 が、本人の与り知らない所で、あまり社長の事情を詮索するのも気が引ける。 話題を変えようとしたその時、目の前に座る男は顔から笑みを消した。 「東雲さんが正式に御堂家の当主になったのって、二十歳の誕生日の時だったんだけどさ」 日下部はそこで言葉を区切ると、わずかに声を落とす。 不意に肌寒さを感じた。壁にかけられた時計は九時半を指している。 二人が家に来て、早くも二時間が経っていた。 「家督を継いだあの人が、初めてしたことは何だと思う?」 「初めてしたこと?」 首をひねる俺に、日下部は目を細める。 「義理の親兄弟とその腰巾着を全員、遁走館から追放した」 「追放……?」 「昔はこの館、親戚とか使用人も含めて百人くらいの人間が暮らしてたけどさ。東雲さんがほとんど追い出したんだ」 信頼できる一握りの使用人を残して。絶句する俺にそう言って、空になったグラスに焼酎を注いだ。 十時を過ぎる頃、利仁さんと日下部を竹林さん(兄)が車で迎えに来た。 来客を見送り、片付けを終わらせ、倒れ込むようにベッドに寝転がる。 (もっと突っ込んで聞けばよかったか。常夜村のことも、祖父母のことも……) 利仁さんが置いていった写真を、改めて眺めてみる。 三人の子供に囲まれて笑う母は、記憶にある面影より幾分か若く、明るい表情をしていた。 「ん?」 とっさに目を凝らす。 先ほどは気付かなかったが、鳥居の後ろに隠れるように、小さな女の子が立っている。 妹かと思ったが、三歳児には見えなかった。 体格から察するにもう少し年上の、おそらく五歳から七歳の間くらいだろう。 (あれ? この浴衣って……) よく見ると色は違うが、母と同じ朝顔の柄の浴衣を着ていた。
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