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「はい!」
差し出された手のひらを握ると、お姉様は目を丸くする。
「いや、そうじゃなくて荷物を……」
「駄目ですか?」
指の付け根に残ったタコの感触。つないだ手を通して伝わる、少し高めの体温。節の立った指。
刀を振るう人の手のひら。
「駄目じゃないけど」
「お姉様。番野家からご縁談の話が持ち込まれたとお聞きしましたが、本当ですか?」
白い手のひらを握る自分の右手に、思わず力がこもる。
私の他にこの手をとる者が、いつか現れる日が来るのだろうか。そう考えるだけで、頭がおかしくなってしまいそうだった。
「うん。でも断った」
「どうして……」
沈みかけの夕日に照らされ、鏡の眼が鮮やかな緋色に染まってゆく。
「生涯の伴侶は仕事だけって、前から決めてるから」
冗談めかして笑うお姉様を、前を歩いていたクワトロがちらりと振り返る。
自分が望む通りの答えが聞けたはずなのに、どこか後ろ暗い気持ちが胸にモヤモヤとわだかまった。
ニコルが淹れてくれた紅茶のお供に、持参した手土産を広げる。
箱を開けたお姉様が、小さく歓声を上げた。
「わあ、綺麗……」
フランボワーズ、シトラス、パッションフルーツ、ピスタチオ……果物やナッツの芳醇な味わいを閉じ込めた、宝石のようなショコラたち。
この日のために、ベルギー王室御用達の老舗ショコラトリーの限定品を五箱取り寄せた。
「ありがとう、旭。そうだ、彼岸坂くんたちにも一箱おすそ分けしていい?」
「“たち”?」
「今夜、祐くんと利仁くんの三人で飲み会するんだって」
もちろん嫌だ。
このショコラはお姉様のためだけに買ったものだ。
加えてアルコールで鈍った舌に、この繊細な味わいが分かるとは到底思えない。
酔っ払いの殿方たちは酔っ払いらしく、大人しくむさくるしく肉でもかじっていればいい。
しかしここで嫌だと駄々をこねて、お姉様に心の狭い人間だと思われるのも癪(しゃく)だった。
「お姉様。お酒のおつまみに甘いものという食べ合わせは、あまり好まれないと聞きます」
「あ、そっか……」
「それに日保ちしないので、今日中に食べて頂かないと……」
さりげなく水を差すと、お姉様はにわかに考え込んだ。
「……じゃあ、私たちだけ食べちゃおっか!」
「はい!」
残念がるかと思いきや、端整なお顔がパッと輝く。
少しお痩せになったものの、超人的な食欲はご健在のようだった。
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