第三章 廃校に咲く花 ~前編~

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遁走館で暮らして半年、薄々気付きはじめていた。 社長もニコルさんも、仕事以外のことで俺に干渉しない。 食事に誘ってくれることはあっても、私用を言いつけられたり、手伝うよう頼まれたことは無い。 それは遁走館の住人たちが、俺を日歿堂の社員としてのみならず、それ以前に一人の人間として尊重してくれているからに他ならない。 ――――けれど。 どれだけ信頼関係を築いても、彼女たちが俺の素性や過去ごと俺を尊重し、受け入れてくれたとしても。 それでも不安は常に、影法師のようにつきまとう。 「君の懸念も分かります。心配や迷惑をかけたくないと、思ってくれているのかもしれないけれど」 俺の素性に気付いた人間が、日歿堂に苦情を入れるかもしれない。会社にマスコミが押し掛けてくるかもしれない。 心無い人間が、常夜村に因縁を持つ者が、俺を口実に彼女たちを踏みにじるかもしれない。 そう思うたび、押し殺した不安と恐怖が胸の奥底に渦巻く。 親切にしてもらうたび、日ごと仕事を覚えてゆくたび、自分は本当にここに居てもいいのか分からなくなる。 「前にも言いましたが、私は……私たちは君を守ります」 小さな絆創膏を俺の耳に貼り、社長はぎこちない笑みを浮かべた。 「そろそろ信用してください」 遁走館に戻る途中、ファミレスに寄り、二人で遅めの夕食をとった。 社長はメニューを片っ端から注文し、机の上があっという間に料理で埋め尽くされてゆく。 サラミのピザ、シーザーサラダ、フィッシュ&チップス、鳥の唐揚げ、ナポリタン、カットステーキにハンバーグ。 相変わらず、フードファイターのような食事量だった。 「さ、好きなものをつまんでください!」 「あ、ありがとうございます。じゃあ……」 やけに力強くスナック類を勧められる。断るのも気が引けて、ピザを一切れもらった。 メガ盛りのナポリタンを五分もかからず平らげ、俺の定食からチキン南蛮を一切れつまみ、社長は嬉しそうにドリンクバーに立つ。 そして、やけに濁った色の飲み物を片手に戻って来る。 「なんですか、それ」 「コーラとメロンソーダを混ぜたんです。美味しいですよ」 全力でファミレスを満喫しているようだった。 注文した料理を完食し、更にパフェとクリームあんみつを追加する。 「彼岸坂くん、デザートは?」 「いや、もう入りません」 服の上から腹をさする俺を、社長は不思議そうに見上げた。
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