第三章 廃校に咲く花 ~前編~

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社長はひとつ深呼吸をして、ドアを二度ノックした。 「詩緒さん、御堂です。お部屋に入らせてもらいますね」 一言断ってから、静かにドアノブを回す。 室内は真夜中のように暗く、逃げ場のない熱気がこもっている。窓ガラスが割れてしまったため、やむなく雨戸を閉め切ったせいだ。 「失礼します」 社長に続いて、部屋に足を踏み入れる。 懐中電灯で前方を注意深く照らしながら、社長は部屋の明かりをつけた。 一昨日に俺たちが片付けた状態のまま、特に変わったところはない。 「……彼岸坂くん、スマホの電波は大丈夫ですか?」 スマホの画面を確認するが、Wi-Fiも電波も問題はない。 今回の見積もりにあたって、病室で昏睡状態の先輩に異変が起きた場合、付き添っているお母さんからすぐ連絡を入れてもらうことになっている。 「問題ありません」 「測定器は?」 小型のガウスメータで室内の磁気を測定する。2.85mG(ミリガウス)。 全国電磁波測定士協会が定める基準値は3mGだから、異常値ではない。 「今のところ、基準値の範囲内です」 霊障の発生現場では、往々にして磁気が乱れることがある。 具体的には電子機器の故障……携帯電話やパソコン、テレビやラジオが電波障害を起こしたり、方位磁石が狂ったりする。 現に俺も昔、怪奇現象に遭遇した後、所持していた携帯電話やDVD、メモリーカードのデータが飛んだり、壊れたことが何度かあった。 そのため日歿堂の電子機器は全て、電磁波に耐性の強い特別仕様のものを特注している。 社長が俺に目配せし、クローゼットに歩み寄った。 「詩緒さん」 名前を呼び、折れ戸を軽くノックする。 「詩緒さん、いらっしゃいますか?」 ガウスメータから「ピッ」と電子音が鳴る。社長の呼びかけに反応するように、測定値が一気に跳ね上がった。 (397.62mGって……嘘だろ、さっきのほぼ200倍じゃねえか!) 弾き出された数値に、ざっと血の気が引く。 あわてて周囲を懐中電灯で照らすが、先輩の姿はどこにも見当たらない。加えて、幸いまだポルターガイストが起きている様子も無かった。 「社長、測定値が」 「大丈夫です、もう少し様子を見て……」 社長が折れ戸の把手に手をかけた、その時。 「――――ちょっと。勝手に開けないで」 クローゼットの中から、不機嫌そうな先輩の声が響いた。
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