第三章 廃校に咲く花 ~前編~

24/28
3732人が本棚に入れています
本棚に追加
/358ページ
「すみません」 社長は素直に詫びると把手から手を離し、クローゼットから数歩下がる。 そして閉じたままのクローゼットに向かって、穏やかな声で問いかけた。 「詩緒さん、先日お会いした御堂です。覚えていらっしゃいますか?」 「…………覚えてる。哉汰の上司の、社長さんでしょ」 先輩の声だけがぽつりと返ってくる。その響きにはすでに、先ほどの剣呑さは無い。 だが、測定器は変わらず異常値を示したままだった。 「少し、私とお話ししませんか?」 「話すって、なにを」 「詩緒さんのことを。もしお嫌でしたら、世間話でも」 「……この前みたいに、変なお札(ふだ)使わない?」 探るように尋ねられ、社長は「誰にも危害を加えないと、約束してくれるなら」と答える。 「この部屋には今、私と彼岸坂くんしかいません。ご家族の方には、別の場所で待機していただいています」 社長の誘いに応じるように、先輩はクロゼットの折り戸をすり抜けて姿を現した。その全身は二日前と同じように仄(ほの)かな青白い光を放ち、半透明に透けている。 薄暗い自室を見渡し、先輩は怪訝そうに目をしかめた。 「なんでこの部屋、雨戸閉め切ってんの?」 先輩と社長に了解をとって雨戸を開けると、生暖かい風がカーテンを揺らし、埃(ほこり)が宙に舞い上がる。 長らく掃除がされていなかったようで、机や棚にはうっすらと埃が積もっていた。 「それで、二人とも本当は何しに来たの? うちの親に頼まれて、私を追い払いに来たとか?」 勉強机の上に腰かけ、先輩が率直に尋ねる。 「そういうわけではないのですが……」 「回りくどい遠慮はいらないから、はっきり本当のことを答えて」 手加減のない追及に、社長はわずかに口籠ってから本題を切り出した。 「……今日は、生前整理のお見積もりに来ました」 「セイゼンセイリ?」 社長は少し居た堪れなさそうに、しかし丁寧に生前整理についての説明をする。先輩は特に顔色を変えず、じっと耳を傾けていた。 「……要するに、社長さんと哉汰は私の部屋を片付けに来たってこと?」 「今日は一応、下見だけですけどね」 ふうん、と相槌交じりに足をプラプラと揺らす。 二日前とは打って変わって、先輩はごく落ち着いているように見えた。 「そっか。私、もう助からないんだ」 「先輩……」 「まあ、そうだよね。三階から飛び降りて、五年も植物状態なんだから」
/358ページ

最初のコメントを投稿しよう!