第三章 廃校に咲く花 ~前編~

25/28
3732人が本棚に入れています
本棚に追加
/358ページ
宙を舞う埃(ほこり)や塵たちが、西日を反射して小さく光る。 もう二度と、先輩と言葉を交わすことはないと思っていた。けれども今、こうして仕事で上司と一緒に先輩の部屋を訪れ、張本人と会話している。 「どうして、そんなことしたんですか」 社長がちらりと俺を窺う。先輩は足を組むと、小さくため息をついた。 「別に。単に、生きてくのが嫌になっただけ」 素っ気ない答えに、釈然としない思いが胸に広がる。 先輩に言いたかったことも聞きたかったことも、たくさんあるはずだった。 なのに、そのどれもが頭の中でぐるぐると渦を巻いて、うまく言葉が出て来ない。 何より仕事で来ている以上、あまり私的で込み入った話をすることは出来なかった。 黙り込んだ俺と先輩を見比べ、社長は場の空気を変えるように「ところで」と切り出す。 「詩緒さん。差し支えなければ、クローゼットの中を拝見してもいいですか?」 先輩は少し迷ってから、顔を上げてクローゼットを一瞥した。 「……別にいいけど、大したものは入ってないよ」 折り戸を開いた瞬間、こもった埃くささに混じって、わずかに覚えのあるにおいが漂った。美術室のにおい――――油絵具のにおいだ。 (そういえば先輩、美術部だったな……) 特に変わった物は見当たらなかった。 衣装ケースが二つ、大きな黒いビニール袋の包みがひとつ。おおよそ120サイズの段ボールと小さな洋服ダンスがひとつづつ。 不織布のカバーに覆われた制服と、学校指定の鞄がポールに吊るされていた。 「この部屋のもの、全部捨てていいから」 背後から声をかけられ、振り返る。 「いいんですか? もし、ご希望があれば……」 「いいよ、別に。どうせ死ぬんだし」 社長の言葉を遮るように答え、先輩は目を閉じた。 青白く光る半透明の体が、更に薄くなってゆく。そして空気に溶けるように、先輩は俺たちの目の前から姿を消した。 見積書を記入し、一階のリビングに戻る。 「お待たせいたしました、鹿島様。こちらが見積りとなります」 先輩のお父さんがソファから腰を浮かせた。見積書にさっと目を通すと、驚いたように社長を見上げる。 「この金額でいいんですか?」 「一応、こちらの見積もりは基本価格で設定しています」 「基本価格、とは?」 「詩緒さんのお部屋のものをどうなさるか、ご家族の方々のご希望によってお値段が変わってくるんです」
/358ページ

最初のコメントを投稿しよう!