第三章 廃校に咲く花 ~前編~

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筋の浮いた指を机の上で組み、不安そうに見積書を見下ろす。 「この基本料金ですと、やっぱり……お片付けしていただいた物は、その、全て廃棄に?」 機嫌を窺うように尋ねられ、社長はあわてて首を横に振った。 「いえ、そんなことは。いずれの場合もサイクルや寄付など、お品物に合わせて取り扱いを判断します。ただ、それをお客様のご意向に沿って判断するか、当社の独断になるかで料金が変わるというお話なんです」 契約事項を指差して説明しながら、「それに」と付け加える。 「基本料金のコースであっても、写真やホームビデオなど特に思い出のこもったお品物は、念のためお客様に最終確認をしていただくので」 「ありがとうございます。どうか、よろしくお願いします」 ここに来て初めて、お母さんは表情をホッと緩めた。 しかし対照的に、社長はわずかに顔を引き締める。 「鹿島様。見積もりの時、お部屋で詩緒さんにお会いしました」 「えっ」 「お荷物の量を確認させてもらうため、クロゼットの中を拝見しようとした時のことです。紗帆さんからも先日お聞きしましたが、異変が起きたのはクローゼットを開けようとした時だったそうですね」 狼狽えるお母さんへ畳み掛けるように言ってから、神妙な顔で本題を切り出す。 「率直にお尋ねしますが、お心当たりはありませんか?」 「こ、心当たりって」 「クローゼットを開けようとすると何故、詩緒さんは感情を昂らせてしまうのか、その理由です」 唐突に核心を突かれ、お母さんの目がさっと泳いだ。 社長は椅子から立ち上がり、深々と頭を下げる。 「ご家庭の事情を詮索するようで、申し訳ありません」 顔を上げ、相手とまっすぐ視線を合わせる。よく透るハスキーな声が、狭い面会室の中で反響した。 「ですが、当社も従業員をむやみに危険にさらすことは出来ないのです。予備知識も対策もない状態で、危険な現場の作業にあたるわけにはいかないことを、どうかご理解ください」 「あ……」 小さく開かれた唇が痙攣するように震えた。しかし思い直したように口をつぐむと、社長の視線を避けるようにうつむいてしまう。 しばらくの間、面会室に気まずい沈黙が満ちる。 社長はなかなか顔を上げようとしない相手をじっと見つめていたが、やがて意を決したように口を開いた。 「…………鹿島様。詩緒さんは念力、もしくは念動力という“力”をお持ちではありませんか?」
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