間章 クローゼットの奥の骸骨

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保育園で詩緒と遊んでいた子や先生が怪我をするという事件が、立て続けに三回続いた。 三人とも玩具や絵本にぶつかって、打撲や切り傷を負ったという。 今思えば、痣(あざ)や切り傷程度で済んだのが奇跡だった。 手の甲に青黒い痣を作った年配の先生は、怪我の原因をそれとなく尋ねた私に「自分の不注意で机の角に手をぶつけた」と笑ってくれた。 しかし、私は気付いてしまった。先生が娘を見る目に、隠しようのない怯えがにじんでいたことに。 私は復職を断念し、詩緒に保育園を退園させた。 そして夫の転勤を期にマンションを売り、東京から富山に引っ越した。 見知らぬ土地で、私たち母娘は世間の目をはばかり、中古で買った小さな一軒家の中で息をひそめるように暮らすようになった。 外出は極力控え、転居に人も招かず、買い物は母や仕事帰りの夫に済ませてもらう。 どうしても外に遊びに行きたがる時は夜か早朝に、人がいないことを確認してから公園で遊ばせた。 近所に住む母だけには事情を話した。 日中、母が家に来て詩緒の面倒を見てくれる時間だけ、私は安心して眠ることが出来た。 まだ赤ん坊だった紗帆を詩緒に会わせないよう、紗帆が寝る部屋には常に鍵をかけた。 詩緒の部屋の部屋には監視用のカメラを置き、扉には外側から施錠できる仕様の鍵をとりつけた。 娘の周りで絶えず不可解な現象が起きていたわけではない。 けれどその頃から、私は詩緒から目を離すことが出来なくなっていた。 夫はいつの間にか、幼い娘に手をあげるようになっていた。 息の詰まるような暮らしが一年ほど続いたある日、思わぬ転機が訪れる。 それは私たちの状況を見かねた母が、石川県のとある山奥の「村」に、私と詩緒を連れて来てくれたことだった。 あの日のことは、今でもはっきりと覚えている。 県境を越えてから、ひなびた田舎道に車を走らせること三時間。 山道を車で三十分、途中で車を降り、徒歩で二十分ほど歩いたところにその小さな小さな村はあった。 宿に荷物を置きに行くかと思えば、母が真っ先に向かったのは、村のはずれに建つ古びた大きな神社だった。 「遠いところから、よう来てくださった」 長旅で疲れ果てた私たちを、優しそうな初老の男の人が出迎える。 挨拶と話もそこそこに、「雛傅」と名乗ったその男性は、目線を合わせるように詩緒の顔をのぞき込んだ。 「……なるほど。お話はよく分かりました」
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