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「私の記憶が正しければ、鹿島さんは意識不明の重体で入院しているはずですが」
「そうだよ。でも今日は委員長に用があって、体から抜け出してきたの」
そんな現実離れしたことを言われて「そうですか」とほいほい信じられるほど、私は柔軟な思考を持ち合わせてはいなかった。
しかし暗がりの中でほの白い光を放つ鹿島さんの姿に目を凝らせば、背後の夜闇が半分透けて見える。
やはり何度目をこすって見直しても、彼女の体はわずかに透けていた。
「……鹿島さん、確か三つ年下の妹さんがいましたよね」
「覚えててくれたんだ、ちょっと意外。でも残念でした、紗帆じゃありませんー。正真正銘、加賀野詩緒十八歳ですぅ」
私にあてこするような敬語も、人をからかう時の仕草も表情も。
まるで時間が巻き戻ったように、あるいは彼女だけ時が止まったように、五年前と何も変わらない。
「それでさ、委員長に渡したい絵があるの」
これは何の冗談だろう。一体誰が何のつもりで、こんな悪趣味で手の込んだ悪戯を仕組むのか。
まさか、彼岸坂くんが……?
困惑と疑心暗鬼、頭痛がない交ぜになる頭の片隅で、つい数時間前、後輩から聞いた話をおぼろげに思い出す。
彼は……彼岸坂くんはあの時、私に何と言ったのか。
――――もし鹿島先輩と会って話せるとしたら、先輩は会いたいですか?
彼の問いに、私はなんと答えただろう。
踵を返そうとするが、体が痺れたように動かない。
この五年間、彼女を忘れたことなどなかった。
幽霊だろうが偽物だろうが、目の前の少女が「鹿島詩緒」と名乗るなら……
「鹿島さん。どうして、自殺なんてしたんですか」
率直に尋ねると鹿島さんは口ごもり、泣き笑いのような表情を浮かべた。
「……絵と一緒に、委員長あての手紙が置いてあるの。そこに書いてあるから」
「その絵というのは、一体どこに……」
「隠した。校舎の中の、どこかに。私と委員長にゆかりのある場所にね」
「はい?」
冷たい夜風が木々を揺らす。
ポカンとする私にニッと笑って、鹿島さんはくるりと背を向けた。
「ほら、早く見つけないと日付が変わっちゃうよ」
そう言って、白い指が出入口を指差す。誰も触れていないはずの屋上の扉が、ぎしぎしと軋んだ音を立てながらひとりでに開いた。
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