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「ねえ哉汰。私、死ぬ前に一回デートがしてみたい」
翌週、ふらりと日歿堂を訪れたかと思えば、先輩は脈絡もなく切り出した。
来客用のソファに腰かけ、ぷらぷらと細い足を揺らす。
「だからさ、何とか上手いこと言って遥を呼びだしてくれない?」
「……先輩、前より要求がエスカレートしてるんですけど」
「いいじゃん、冥途の土産だと思って聞いてよ。余命三ヵ月なんだから」
控え目に苦言を呈した俺に、先輩は耳が痛くなることをさらりと言ってのけた。
家族と会って心残りが減ったからか、それとも単に開き直ったせいか。鹿島先輩は持ち前の図々しさを取り戻しつつあった。
余命三ヵ月。
それは鹿島先輩が自分で決めた、彼女に残された時間だった。
先週、彼女は父親と色々なことを話し合った折に、自身の延命治療にタイムリミットを設けた。
鹿島さんは最後まで反対したが、先輩も頑として譲らなかった。
自分の治療に家族の時間やお金をつぎ込ませてしまっている現状を、彼女なりに心苦しく思っているらしい。
「半日、ううん、四時間くらいでもいい。遥と二人きりで過ごしてみたい」
「四時間ですか。少し難しいかもしれません」
真面目に答えた社長を、石動旭が驚いたように見あげた。
「えっ……? そうなんですの、お姉様」
「うん。先日、彼岸坂くんの力の耐久時間を実験してみたの。でも身体の接触無しに霊的な感覚を共有できたのは、30分が限界だった」
実験に協力してくれたのはニコルさんと南天だ。
ニコルさんは人間の霊とのコミュニケーションは基本的に問題ないが、人外の存在の言葉が聞こえないらしい。
そこで俺の力を使ってみて、ニコルさんと南天がどのくらい会話が出来るか、時間を測ってもらった。
結果は35分。
霊感があるニコルさんですらこの程度なら、霊感のない久瀬先輩の場合、もっと短いと考えるべきだろう。
すると、社長はおもむろに席を立ち、応接室を出た。
ほどなくして、小さな木箱を片手に戻って来る。
「詩緒さん。よければ、こちらを」
ぱかりと蓋(ふた)が開かれ、居合わせた面々が社長の手元をのぞき込む。
六角形の透明なガラスの小瓶に、透明な水のような液体が半量ほど入っていた。
「何これ?」
「“巫泪(ウーレイ)”という、強い霊力を持った巫女の“涙”から精製された霊薬です。目薬のように眼球の表面に塗れば最低でも一時間、長ければ一日ほど霊視が可能になると言われています」
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