第三章 廃校に咲く花 ~後編~

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「引っ越した? 聞いてねえぞ、そんな話」 叔父さんに電話をかけると、やはり予想していた答えが返ってくる。 「やっぱり……」 「高飛びでもしてんのか、あいつ」 「もしそうなら宮城さんの性格上、取材を依頼した相手には新しい連絡先を教えると思うんです」 鹿島さんも五日ほど前に取材の件でメールを入れたが、未だに返事がないと言っていた。 何か、身を隠さなくてはならないような事情があるのだろうか。 「……気をつけてください」 「どうした」 「なんだか、嫌な感じがする。叔父さんは大丈夫だと思うけど、叔母さんを……」 今年の二月に、叔母さんが怪我をした件もある。 あの時は自宅の階段で足を踏み外しただけで、誰かに突き落とされたのではないと、後で本人から聞いて安心したが―――― 言いよどむ俺に、叔父さんは少し硬い声で応える。 「分かってるよ。お前のそういう勘は妙に当たるからな」 結局、宮城さんから音沙汰がないまま週末を迎えた。 気になったので、土日休みを使って「千屋荘」に行くことにした。 現地に行ってみれば、何か手がかりが見つかるかもしれない。幸いこの民宿は遁走館から電車で片道三時間という、なんとか日帰りで行けそうな場所にあった。 しかし出発当日、俺は思いもよらない出来事に見舞われることになる。 「おおい兄ちゃん、来てくれ!!」 出かけようとした所を、庭師の千藤さんに呼び止められる。 道路の脇にしゃがみ込んだ千藤さんともう一人、女の人がうつぶせに倒れていた。 「どうしたんですか!?」 自転車を路肩に停め、思わず駆けつける。 「このお嬢さん、急に倒れちまって」 「大丈夫ですか? 今、救急車を」 「だっ、大丈夫です。いつもの貧血……うう……」 意識がないかと思いきや、震える声で返事が返ってくる。 高く澄んだ、どこかで聞いた覚えのある声だった。女性がよろよろと上体を起こす。 (この人、確か……) ベレー帽から伸びる、淡い薄茶色の長い髪。小柄な痩身。以前、遁走館の前で会った社長の元婚約者の妹だ。 塀に手をついて立ち上がるもよろめき、たたらを踏む。あわてて肩を支えると、小柄な体がフラッともたれかかってきた。 「す、すみません」 「いえ、歩けますか?」 往来にいては危ないので、裏門の石段に座ってもらう。 そうしているうちに、騒ぎを聞きつけたニコルさんが車を飛ばしてやって来た。
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