第三章 廃校に咲く花 ~後編~

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「番野様。先ほどお兄様から、あなた様が当家に来ていらっしゃらないかとご連絡がありました」 「す……すみませ……」 申し訳なさそうに詫びる声は震え、かちかちと歯がかち合う小さな音が混じる。 「よろしければ、お使いください」 よほど寒かったようで、ニコルさんに差し出されたひざ掛けを、人騒がせな来客は頭からかぶった。 何度も居留守を使ってきた相手とはいえ、今回はさすがに放置できなかったらしい。 彼女の体調が回復するまで医務室で休んでもらうと、社長の判断が下りた。 何か手伝えることはないかとニコルさんに申し出るも、「人手は足りているから」と、逆に気を遣われてしまう。 しかしニコルさんの車を見送り、再び出かけようとしたその時、歩道の隅に皮の手袋が落ちていることに気付いた。 サイズやデザインからして女性用だ。彼女が落としたのかもしれない。 医務室へ届けに行くと、ちょうどお手伝いさんの藤田さんが配膳用のワゴンを運んで来る。 「彼岸坂くん! ちょうどよかった、一番上の引き出しから電気毛布とって!」 どうやら来客は軽度の低体温症を起こしていたようで、コートも脱がず毛布にくるまり、ソファの上で小刻みに震えていた。 俺が電気毛布を準備している間、藤田さんはワゴンの上で飲み物を用意する。甘いにおいがふわりと部屋に漂った。 「番野様、牛乳と蜂蜜は大丈夫ですか?」 来客が頷くと、小さな壺に入った蜂蜜がホットミルクにたっぷり溶かされる。 ちょうどその時、社長が医務室に入ってきた。 「小夜さん、どうして付き人もつけず、しかも朝食もとらずに一人で外出したんですか! 番野家は大騒ぎだそうですよ」 部屋に入るなり、ソファの上で丸まった来客をじりりと一瞥する。 「す、すみません。とても空気が澄んでいたので、少し外を歩きたくて」 「まさかご自宅からずっと歩いていらっしゃったんですか!?」 呆れ顔で尋ねられ、来客がビクッと体を竦ませる。 「はい」 「一体、何時間歩いたんですか」 「ええと、おそらく二時間と二十分ほど」 貧血や低体温症を起こすわけだ。 この季節、しかも早朝に朝食もとらず二時間以上も歩くなど、無知と無謀もいいところだった。 几帳面にも腕時計を確認して答える来客に、社長はしかめっ面を隠そうともせず、盛大なため息をつく。 「今、百舌さんがこちらに向かっていらっしゃるそうです」 「お兄様が……?」
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