第三章 廃校に咲く花 ~後編~

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切符を受け取る時、駅員の手が目に入った。骨ばった太い指は、日に焼けて浅黒い色をしている。 (……落ち着け。第一、あの人が本当に犯人だと決まったわけじゃないだろ) そもそもが十二年も前の記憶だ。 どこまで信憑性があるか自分でも疑問だし、たまたま犯人と番野さんが似たような体格をしていただけかもしれない。 こみ上げてくる吐き気と悪寒をなだめるように、降ってわいた疑惑を打ち消す。 しかし――――では何故、俺は彼に既視感を覚えたのだろう。 自分を落ち着かせる一方で、腹の奥ではぬぐい切れない違和感と疑念が幾度も鎌首をもたげた。 そんな自問自答を繰り返しているうちに、電車は終着駅に到着した。 コミュニティバスに乗り換え、山あいの小さな集落を走ること三十分。ネットで調べた通り、バス停「千屋荘前」までたどり着く。 町はずれの雑木林の奥に民宿・千屋荘は建っていると、レビューサイトには書かれている。 だが雑木林の周囲は、黄色と黒の標識ロープでぐるりと囲まれ閉鎖されていた。立ち入り禁止の看板や貼り紙も、至る所に設置されている。 ロープをくぐって中に入るべきか。 にわかに悩んでいると、背後から声をかけられる。 「おおい、その林は立ち入り禁止だに」 畑仕事の帰りといった感じのお爺さんが、リヤカーを押して近寄って来た。 「心霊スポットだの肝試しだのいうて、若い人がちょくちょく来るで」 「あ、いえ……肝試しじゃなくて知人を探しに来たんです。千屋荘という民宿に」 あからさまに俺を怪しむ視線に焦り、とっさに言い返してしまう。 すると、お爺さんの顔がさっと曇った。 「お兄さん、帰りましょ(帰りなさい)」 「え?」 「あの宿は駄目ずら。今まで何べんも、泊まり客が“神隠し”に遭(お)うとるに」 「……神隠し?」 皺だらけの顔を露骨にしかめ、踵を返す。 「待ってください、神隠しって……」 とっさに呼び止めると、お爺さんは一度だけ俺を振り返った。 「悪いこと言わん、やめときんさいね。帰ってこれなくなるから」 低くしわがれた声で忠告し、リヤカーを押して道路に戻ってゆく。 ぽつりと取り残された俺は、目の前に鬱蒼と広がる雑木林を呆然と見上げた。 冬の日没は早い。途方に暮れているうちに、太陽は刻々と傾いてゆく。 結局、雑木林の中に侵入することもなく、その日は何の収穫もないまま家路についた。
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