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喉がかわいたから、飲み物を買って来てほしい。そう伝えると、哉汰は疑いもせず売店に向かってくれた。
後輩の足音が遠ざかってゆくのを聞き届け、スマホの画面をオフにしてベッドテーブルの上に置く。
「少しお休みになりますか?」
私が疲れてスマホを置いたのだと、勘違いさせてしまったらしい。
あわてて首を横にふると、御堂さんはきょとんと私を見返した。
後輩を一時的に病室から追い出したのは、彼女だけに伝えておきたいことがあったからだ。
ベッドテーブルの上に意識を集中し、神経を一点に集約させてゆく。
その間、約十秒――――スマホはふわりと宙に浮きあがった。
「!」
目を白黒させる御堂さんに画面を向けて、スマホをゆっくりテーブルの上に着地させてみせる。
「詩緒さん、力が残ってたんですか……」
答えるかわりに、私はスマホに一切触れずに画面をオンにした。同じ要領で筆談アプリを立ち上げ、文字を打ち込んでゆく。
【 他の人には内緒にしてね 】
目が覚めてからも体をほとんど動かせず、ベッドで寝たきりの不自由な生活が続く中、私はひょんなことから自分の中に「力」が残っていることに気付いた。
実際に触れることなく、物を動かす力。
俗に「念動力」と呼ばれるこの力は意外に汎用性が高く、うまく動かない利き手のかわりに物を動かしてくれる。
でもこの先、私がこの不思議な力を人前で使うことは、きっとない。
「……ご家族の皆さんにも、ですか?」
【 うん。心配させたくないから 】
御堂さんは複雑そうな顔で液晶画面を眺めていたが、おもむろに顔を上げて頷いた。
「分かりました」
【 ありがとう 】
「それはそうと、実は今日、詩緒さんにちょっとしたプレゼントを持ってきました」
そう言って、御堂さんは鞄の中から一冊のノートを取り出した。
紺色のハードカバーの表紙に、贅沢にも金箔押しでタイトルが銘打たれている。
『Life Record』……直訳すると「人生の記録」。
「これは一般的に“エンディングノート”と呼ばれるものです」
どちらも聞いたことのない言葉だった。首をかしげる私に、御堂さんはページをめくって中身を見せてくれた。
新品の本特有のにおいがかすかに漂う。
自分のプロフィールや家族・友人へのメッセージ、銀行口座や年金など資産についての記入欄など。いずれのページも、まるで自分の取扱説明書のような項目が並んでいる。
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