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「終活ノートともいいます。人生の終わりに向けて準備するためのノートで、基本的に何を書いてもいいんです。家族や親しい人に伝えたいこと、介護や葬儀、遺品整理への希望など。家系図や経歴を書く人もいます」
何を書いてもいいという言葉の通り、冊子の後半は自由記入欄だった。
一通りページをめくると、御堂さんはとあるページを開いて私に見せる。
「このノートは自分の死を見つめることで、同時に“限られた時間をどう生きていくか”を考えるための道具でもあるんです」
それは「死ぬまでにしたいこと」を書き込むリストの欄だった。
「これからはリハビリや治療で、大変なことの連続だと思います。ですが、どうか第二の人生を楽しんでください。私たちも微力ながら、その……あなたを応援しています」
不器用で真摯な、とても温かいエールだった。
不思議な色合いをしたヘーゼルの瞳が、真正面から私と視線を合わせる。
どこまでも澄んだ、まっすぐな眼差し。でもこの人の瞳の奥には時々、とても深い哀しみの色がよぎる。
「それに余計なお節介かもしれないけど、目標があった方がリハビリにも精が出るんじゃないかと」
これからの人生でやってみたいことを、リストにする。奇遇にも一週間前、両親に同じことを提案されたばかりだった。
【 社長さん、うちの親と同じこと言ってる 】
「あはは、考えることは皆一緒ですねえ」
【 ありがとう。字が書けるようになったら使うね 】
素直にお礼を伝えると、御堂さんが照れくさそうに頭を掻く。人形のような顔をしているくせに、ひどく人間くさい仕草と表情だった。
エンディングノートをテーブルの隅に置いたその時、彼女の上着のポケットの中でスマホのバイブが鳴った。
「失礼します。あ、彼岸坂くんからだ。鹿島様と話があるから、戻るのが少し遅くなるそうです。どうしよう、あまり長居するのもなんですから、私はそろそろお暇……」
【 ちょうどよかった。もうひとつ話したいことがあるけど、社長さんはこの後何か予定は? 】
再び引き留めると少し不思議そうな顔をしたが、「帰社するだけですから、大丈夫ですよ」と快くパイプ椅子に座ってくれる。
手早く返信してスマホをポケットに戻すと、御堂さんは私に向き直った。
「詩緒さん、喉は乾きませんか?」
【 平気。それより社長さんに聞きたいことがあるの 】
「私にですか?」
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