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はじめは死の恐怖や絶望でおかしくなって、自分の脳が悪趣味な幻覚を作り上げたのかと思った。
そう思って、無理やり自分を納得させようとした。
しかし冷静になって何度思い返しても、自分で屋上から飛び降りた記憶がない。
べつに今さら復讐したいとか、自分を屋上から突き落とした相手を捕まえてほしいとか、そんなことは思わない。
あの子がいなくても、遅かれ早かれ私は自殺を図っていただろう。
けれど訳が分からないままというのもスッキリしないし、気味が悪い。
霊能力者である社長さんなら、私が遭遇した不可解な現象や、あの子の正体が分かるかもしれない。
【 こんなこと、実際にあり得るものなの? 】
五年前の実情と、ずっと抱え込んでいた疑問を筆談アプリでざっと伝えると、御堂さんはにわかに考え込む様子を見せた。
「……おそらく詩緒さんが遭遇したのは〈ドッペルゲンガー〉という、一種の死神でしょう」
ややあって御堂さんの口から出てきたのは、意外にも聞いたことのある言葉だった。
【 もう一人の自分を見ると死ぬってやつ? 】
私の大ざっぱな認識を、御堂さんは「ええ」と肯定する。
「私たちは〈誘い神〉とも呼びます。死者に化けて人を死へと誘い、犠牲者の魂をのっとるモノで、中でも――――」
不意に、目の前の女性が口をつぐんだ。
一拍おいて、扉をノックする音が響く。母さんが戻ってきたため、あわてて筆談アプリの文字を全消去した。
「すみません、職場からの電話が長引いてしまって。あら、哉汰くんは?」
「詩緒さんのお父様と、少しお話をしているそうです」
「そうだったのね。御堂さん、申し訳ないけど私、そろそろ介助者講習に行かないといけなくて……」
ベッドテーブルの吸飲みにペットボトルの麦茶を足し、トートバッグの中に書類をまとめる。
あわただしく動き回る母さんを気遣うように、御堂さんは「お気遣いなく」と右手を軽くあげた。
「私も彼岸坂くんが戻ってきたら、お暇しますので」
足早に講習に向かう母を二人で見送り、話を再開する。
【 さっきの「サソイガミ」って、お化けとか妖怪みたいなもの? 】
「実は、誘い神って正体不明なんです。悪霊でも妖怪でもない、かといって神仏というわけでもない。それこそ“死神”と呼ぶほかない存在なのですが……」
そこで言葉を区切ると、御堂さんは鞄から白い短冊の束を取り出した。
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