間章 廃校に咲く花 ~後日談~

5/8
3733人が本棚に入れています
本棚に追加
/358ページ
はじめは死の恐怖や絶望でおかしくなって、自分の脳が悪趣味な幻覚を作り上げたのかと思った。 そう思って、無理やり自分を納得させようとした。 しかし冷静になって何度思い返しても、自分で屋上から飛び降りた記憶がない。 べつに今さら復讐したいとか、自分を屋上から突き落とした相手を捕まえてほしいとか、そんなことは思わない。 あの子がいなくても、遅かれ早かれ私は自殺を図っていただろう。 けれど訳が分からないままというのもスッキリしないし、気味が悪い。 霊能力者である社長さんなら、私が遭遇した不可解な現象や、あの子の正体が分かるかもしれない。 【 こんなこと、実際にあり得るものなの? 】 五年前の実情と、ずっと抱え込んでいた疑問を筆談アプリでざっと伝えると、御堂さんはにわかに考え込む様子を見せた。 「……おそらく詩緒さんが遭遇したのは〈ドッペルゲンガー〉という、一種の死神でしょう」 ややあって御堂さんの口から出てきたのは、意外にも聞いたことのある言葉だった。 【 もう一人の自分を見ると死ぬってやつ? 】 私の大ざっぱな認識を、御堂さんは「ええ」と肯定する。 「私たちは〈誘い神〉とも呼びます。死者に化けて人を死へと誘い、犠牲者の魂をのっとるモノで、中でも――――」 不意に、目の前の女性が口をつぐんだ。 一拍おいて、扉をノックする音が響く。母さんが戻ってきたため、あわてて筆談アプリの文字を全消去した。 「すみません、職場からの電話が長引いてしまって。あら、哉汰くんは?」 「詩緒さんのお父様と、少しお話をしているそうです」 「そうだったのね。御堂さん、申し訳ないけど私、そろそろ介助者講習に行かないといけなくて……」 ベッドテーブルの吸飲みにペットボトルの麦茶を足し、トートバッグの中に書類をまとめる。 あわただしく動き回る母さんを気遣うように、御堂さんは「お気遣いなく」と右手を軽くあげた。 「私も彼岸坂くんが戻ってきたら、お暇しますので」 足早に講習に向かう母を二人で見送り、話を再開する。 【 さっきの「サソイガミ」って、お化けとか妖怪みたいなもの? 】 「実は、誘い神って正体不明なんです。悪霊でも妖怪でもない、かといって神仏というわけでもない。それこそ“死神”と呼ぶほかない存在なのですが……」 そこで言葉を区切ると、御堂さんは鞄から白い短冊の束を取り出した。
/358ページ

最初のコメントを投稿しよう!