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「死神か……念のため魔除けの護符をお渡ししておきますね」
死神という得体の知れない言葉の響きに、少しだけ背筋が冷えた。
御堂さんはペンケースからカッターを取り出し、右の人差し指の先を小さく切る。ぷくりと盛り上がった血のしずくを筆ペンに吸わせると、漢字とも象形文字とも区別のつかない不思議な文字を短冊にサラサラと書き込んだ。
「……そういえば詩緒さん。意識が戻ったこと、久瀬さんにはお知らせしたんですか?」
お札(ふだ)を書き上げ、御堂さんが顔を上げる。
彼女が意図的に話題をそらしたことに気付いたが、何となく追及するのがためらわれた。
【 たぶん言わないと思う 】
「何となく、詩緒さんはそう言うんじゃないかと思いました。でも彼、すごく喜ぶと思いますよ?」
彼女が言う通り、きっと遥は喜んでくれるだろう。
そして体が不自由になった私を同情して、何かと世話を焼いて、力になろうとして、一言頼めばきっと一緒にいてくれるだろう。
彼はそういう性格だ。弱っている人を決して放っておけない。
だから、今は会わない。
自分の足で立てるようになるまで、遥と対等に付き合えるようになるまで――――
【 遥は優しいから、私を見捨てられなくなる。愛情と同情の区別がつかなくなる。だから彼と対等になれるまで、会わない 】
「好きな人を支えたいと思うのも、ひとつの愛の形だと私は思いますけど……」
御堂さんはそう呟くと、お札の墨をパタパタと手であおいで乾かす。
「詩緒さん、ひとつお節介を言わせてください。大切な人と対等になりたい。そう思って切磋琢磨することは、確かに大切な努力です。でもその“大切な人”と会えるのは、自分と相手の両方が生きている間だけなんです」
玉虫色の目が、かすかに暗い青色を帯びる。
互いが生きている間しか会えない。
それは私に語りかけているようで、自分に言い聞かせているような響きがあった。
「私たちの人生の足場は、存外にもろい。どうか第二の人生、悔いの少ないように送ってください」
御堂さんはパイプ椅子に再び腰を下ろし、乾いたお札を白い封筒に包む。
少し節の立った手がエンディングノートに封筒をはさんだその時、ちょうど後輩が病室に戻って来た。
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