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第二の人生、悔いの少ないように。
御堂さんはそう言うが、遥と会うべきか否か迷っている。
弱っている姿を見せたくない。けれど私が自分の足で立てるようになるまで、一体何年かかるのか見当がつかない。
「そういえばお姉ちゃん、あの人には連絡しないの?」
「……あの人?」
反射的に尋ねると、喉がしびれて引き攣った。
五年間も声を出していなかったせいで、声帯がかなり衰えているせいだ。ガラガラの声しか出ず、少し喋るだけで咽(むせ)てしまう。
「前に哉汰先輩と一緒にお見舞いに来てた、久瀬さんっていう人。今までも何度か、来てくれたんだよ。同級生なんでしょ?」
咳(せ)き込む私の背中をさすりながら、紗帆が答える。
頭に血がのぼって、体中が火照ってしまう。おそらく顔は真っ赤だろう。
初耳、かつ青天の霹靂だ。
昏睡状態のせいで骨と皮だけのガリガリになって、もちろん五年間お風呂に入っていない。
そんな状態の自分を、まさか好きな人に見られていたなんて。
でも裏を返せば、「そんな状態」を知ったうえで遥は私に会いに来てくれたということだ。あの生真面目な委員長が、廃校となった母校に忍び込んでまで。
あの日、遥に言われた言葉が脳裏によみがえる。
――――待っています。鹿島さんが目を覚ますまで、何年かかっても、ずっと。
(どうしよう。連絡、してみようかな。でも……)
でもせめて、もう少しまともに喋れるようになってから。
病院の服ではなくパジャマを着て、この伸び放題でボサボサの髪を整えて、入浴した後に――――そこまで考えて、思わず吹き出した。
ついさっき御堂さんに偉そうなことを言ったくせに、私は早くも遥に会うつもりでいる。
「ふふっ……げほっ!!」
真っ赤な顔で咽(む)せながら笑う私に、妹が目を丸くした。
「お姉ちゃん? だ、大丈夫!?」
「ごめ、何でもな……ゲホッ 」
一ヵ月半ぶりの再会。
意識が戻った私を見て、遥は一体どんな顔をするだろう。
怖いような嬉しいような、不思議な気分だ。
エンディングノートのリストじゃないけれど、とりあえず今すべきことをまとめてみよう。
入浴と、爪と髪を切ってもらう。
発声のリハビリに、新しいパジャマの用意も――――
「ふふ、あははは」
そんなことをちゃっかり考えている自分がなんだか可笑しくて、私は顔を真っ赤にして咽(むせ)ながら、数年ぶりに声をあげて笑った。
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