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御堂譲一がロビーに顔を出すと、責任者らしき中年の男性がすかさず寄ってくる。
二人が手慣れた様子で挨拶を交わした後、俺たちは一階のレストランの奥の個室に案内された。
個室といっても部屋は広く、豪奢なつくりのテーブルは八人掛けだ。
俺を呼び出しておきながら、御堂譲一は当然のように上座に座った。
渋々ななめ向かいの席につくと、二人分のコーヒーが運ばれてくる。
「手短に言うぞ。お前、妹を説得しろ」
ウェイターと責任者が一礼し、退出する。すると先ほどまでの鷹揚な物腰はどこへやら、御堂譲一は腕を組んでふんぞり返った。
「……は?」
「前にあいつが勝手に破棄した縁談を、もう一度まとめてやる。だからわけのわからん会社を畳んで、さっさと結婚するよう東雲を説得しろ」
ポカンとした俺に苛立った顔を隠そうともせず、不機嫌そうに吐き捨てる。到底、人に物を頼む態度には見えない。
「いや、お断りします。自分が干渉する話ではないので」
「説得できたら、それなりに金だって払ってやる。あんな小さな会社じゃない、もっと割のいい再就職先だって……」
「結構です。そもそも番野さんという方を全然知らない自分が、無責任に縁談をおすすめすることは出来ません」
きっぱり断りつつも、少し探りを入れてみる。
すると、目の前の男性はわずかに顔色を変えた。
「別にお前に心配されるような人間じゃない。学歴や家柄、人望、全てにおいて申し分ない男だ。……お前とは違ってな」
さりげない挑発を加える彼を見て、もうひとつ気付く。
初めて会った時は三十代後半か四十代くらいかと思ったが、こうして明るい場所で見ると、目の前の男性はもう少し若い。
社長と彼はいくつ歳が離れているかは知らないが、番野百舌とは歳が近そうだった。
「番野百舌さんとはお知り合いなんですか?」
「幼馴染だが、それがどうした」
怪訝そうな顔をされ、とっさに「いえ」と言葉を濁す。
「とにかく、いつまでも雛傅の真似事をして遊んでいてもらっては困る。いい加減、身を固めるよう――――」
「……雛傅の真似事?」
おうむ返しに尋ねると、御堂譲一は唇の端をわずかに吊り上げた。
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