3732人が本棚に入れています
本棚に追加
/358ページ
「なんだと?」
「あなたは御堂家の財産に執着してますよね。だから自分の息のかかった番野さんを社長と結婚させようとしている」
俺の挑発に、御堂譲一は片方の眉をはね上げた。
「それに先代当主と親しかった祖父になら、遺産の分配があったとしても不思議じゃない。ご自分の取り分を増やそうと、祖父を葬ったんじゃないですか?」
「何を言うかと思えば、馬鹿馬鹿しい」
もちろん目の前の男性が祖父を殺したなど、本気で思ってはいない。
案の定、彼は驚きつつも一蹴した。
「なんでお前の祖父ごときのために、人生を棒にふらなきゃならんのだ」
さりげなく相手を観察する。嘘をついていたり、心当たりを隠しているようには見えない。
何より、今彼が言った通りなのだ。
目の前の男も番野百舌も、裕福で社会的地位の高い人間だ。
祖父にせよ妹にせよ、彼らのような人間が全てを失うリスクを犯してまで、人を殺す理由があるのだろうか。
「いずれにしても、妹さんを説得したいならご自身でやってください」
隣の椅子に置いていたボディバッグを肩にかけ、マフラーを巻く。
「おい、話はまだ……」
「俺は日歿堂の一社員です。社長の縁談なんて、自分が口を出す話じゃない」
そう言って、踵を返そうとした瞬間――――
「よろしい。とても賢明な判断です」
出入口から響いた聞き覚えのある声に、ぎくりと立ち止まった。
「ニコルさん!? どうして、こんな所に」
「お久しぶりです譲一様」
上司を振り返って、ギョッとする。滅多に笑うことのない老秘書の顔には、満面の営業スマイルが貼り付いていた。
呆然とする俺の目の前を通り抜け、テーブルに歩み寄る。
「……ふん、子守り爺が来たか」
言葉こそ強気だが、御堂譲一はわずかにたじろいだ。
「ご息災そうで何よりでございます。が、彼を引き抜かれては困りますね」
「職務放棄か? 妹の世話はどうした」
「有り難いことに本日、有休をいただきまして」
皮肉と慇懃の応酬も束の間、ニコルさんは雇用主の兄に恭しく一礼する。
「弊社の社員がお世話になりました。では、私どもはこれで」
「あ、あの、ニコルさん……」
「彼岸坂くん。この後、何か予定は?」
おずおずと声をかけた俺を遮って、ニコルさんは車のキーを取り出した。
「え?」
「少し付き合ってもらいたい場所があります」
最初のコメントを投稿しよう!