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世間話の合間にひとつ、またひとつと苺大福が減ってゆく。
大きな口でちびちびと大福をかじり、ニコルさんと談笑する卯座姑様の姿に、ささくれ立っていた胸の内が少しずつ凪いでゆくのを感じた。
『哉汰や』
不意に名前を呼ばれ、顔を上げる。
『お食べ。甘くて美味いだよ』
大きな手のひらに苺大福をひとつのせ、俺に差し出した。
「あまりお腹がすいてないので、よければ自分の分も食べてください」
何の気もなしにすすめると、卯座姑様はわずかに顔を曇らせる。
『……痩せたなァ、哉汰。ちゃんと食べとるだか? 何か、心配事があるが?』
「いえ、そんなことないですよ。少し疲れてるだけですから」
『だども、顔の色も少し悪いだが。目の下も青い。寝とらんだがか?』
心配そうに俺の顔をのぞき込んだその時、どこから飛んできた小鳥がボサボサの白髪頭に止まる。この時期には珍しく、ツバメだった。
「おや、珍しい。ツバメですね」
ニコルさんも少し驚いたようにツバメを見上げた。
『んだ、こいつは南さ渡り損ねちまってなァ……あっ、こらっ! 餅ばつつくでねえ。嘴に詰まるが!』
手のひらの中の苺大福を狙って、ツバメが飛んでゆく。卯座姑様があわててもう片方の手で大福を覆い隠す。
微笑ましい攻防を繰り広げたのち、ツバメは諦めて卯座姑姑様の頭に戻り、脚を折り畳んで座った。
「止まっちゃいましたね」
『ええだ、ええだ。飽きたらどっか飛んでくだよ』
自分の頭上を目だけで眺め、卯座姑様はお茶をすする。
神位を剥奪されて早くも五ヵ月が経つが、この元守り神の内面は変わっていないらしい。
相変わらず人懐こくお人好しで、抜けているようで意外によく人を見ている。そしてボサボサの白髪頭には、時々こうして鳥が止まる。
――――なんだかそれが、無性に嬉しかった。
ささやかな茶会は一時間ほどでお開きとなった。
卯座姑様に見送られ、ニコルさんと車に戻る。
「ご心配をおかけしてすみません。お気遣い、ありがとうございます」
角を曲がって卯座姑様の姿が見えなくなってから、上司に頭を下げた。
きっと俺を心配して、少しでも気晴らしになればとここに連れて来てくれたのだろう。寡黙な彼らしい気遣いだと思った。
「……君はまるで、いくら飼い慣らしても森ばかり見ている狼のようだ」
「え?」
相変わらず感情の読めない灰色の瞳が、運転席から横目で俺を一瞥する。
「ロシアの古い諺です。狼から野生を消し去ることが出来ないように、人間の性格というものはなかなか変えられないという」
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