第四章 神隠しの宿  ~中編~

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階段をのぼり、頭上に塞がる天井板を蹴り上げる。 重い音を立てて板がずれ、その隙間から這い出すと、そこは見覚えのない部屋だった。 漆塗りの棚や文机。 丸く切り取られた障子戸。薄絹のような蚊帳に囲まれた寝床。 青々とした畳や、飴色に磨かれた床には、真っ赤な絨毯が敷き詰められていた。 先ほど社長や日下部たちと見た、埃っぽく、荒んだ雰囲気を漂わせていた千屋の私室とは明らかに違う。 まるで時代劇から飛び出してきたような一室を、呆気に取られて見回す。 しかしよくよく見れば、部屋の広さや間取り、天井の高さは千屋の部屋と変わらない。 しかし先ほどとは打ってかわって、内装も調度品も、明らか質の高いものばかりが揃えられている。 家具や柱はぴかぴかに磨き上げられ、室内の清掃が行き届いているのが一目見ただけでも分かる。 何より地上で俺と社長を待っているはずの、日下部や利仁さんたちがいない。 周囲を見回したその時、廊下を歩く足音が聞こえた。 引き戸の隙間から外を窺えば、やけに大柄な、僧衣のような墨染めの装束をまとった男が奥の階段を上ってゆくのが見える。 千屋の仲間だろうか。 後を追って階段を上ると、二階の奥からざわざわと話し声が聞こえてくる。 少人数の声ではない。時折、動物の鳴き声のような奇声が混じった。 男が大広間に入ってゆく。 半分開け放された襖から中を覗き込み――――そして、自分の目を疑った。 「なっ……」 四十畳ほどの大広間を埋め尽くす、異形の群れ。 そこに集まっていたのは明らかに人ではない、異様な姿形をした者たちだった。 双頭の猿や、体中に目玉をぶら下げた巨大な蜘蛛。 一見人間に見えるが目玉が三つ、あるいは一つしかない者。 人面の犬や牛。逆に牛や馬、虎などまるで首から上をすげ替えたように、動物の頭部を持つ人体。 「……なんだよ、これ」 天井近くでは室内照明の代わりなのか、青白い火の玉が火花を散らして宙を舞っている。 自分の両目と正気を疑いたくなる光景だったが、つい先ほど死んだはずの男が当然のように姿を現したばかりだ。 何がいても不思議ではない。 物の怪たちに気をとられていると、背中に鈍い衝撃が走った。 振り向くと二本足で立つ猫が、じろりと俺を睨み上げる。 「邪魔だよ、さっさと入んな」 そう文句を言う猫は、一見少し大きな三毛猫にしか見えない。 が、よく見ると尻尾の先が二つに分かれている。 「ば、化け猫!?」 『いかにも吾輩は猫又だが、それが……ン?』 猫又が怪訝そうに、俺に顔を近づけた。小さな黒い鼻がひくひくとうごめき、思わずのけぞってしまう。 『お前さん、やけに人間臭いなァ』 その一言で、がやがやと喋っていた物の怪たちがちらりと俺を振り返る。 『上手いこと化けんだなァ、人の生皮でもかぶってるのかィ?』 物騒な誤解だった。 しかし化け物に囲まれたこの状況で、自分だけ人間だと知られるのは非常にまずい。 動揺を悟られないよう、冷静を装い「まあな」と返す。
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