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どこから手に入れたのか、東云は片手に持っていた瓢箪の酒をグビッと煽る。
「酒飲んでる場合かよ! 社長が……あんたの宿主が千屋につかまったんだ、早く助けないと」
「……センヤ?」
ちらりと俺を一瞥すると、瓢箪を口から離す。
「ふん。とりあえず、何が起きたか手短に話せ」
そう素っ気なく命じるなり、東云は壁を背にして胡坐をかいた。
あまりの傍若無人さに面喰い、ひやひやしつつも周囲を見回す。
「話せって、こんなところじゃ」
「いちいち周囲を警戒するな、小僧。コソコソする方が悪目立ちするぞ」
不機嫌そうに言うと、壁際で大きな鼾をかいて眠りこけていた鬼……「なまはげ」とよく似た妖怪に向かって手を伸ばす。
「お、おい! 何を――――」
止める間もなく、東云は素早くなまはげの顔から鬼の面をはぎ取った。
面の下からは鬼瓦のような、いかつく異形な赤ら顔が現れる。
「!」
しかし相手は泥酔しているようで、わずかに顔をしかめただけで、再び盛大な鼾をかきはじめた。
安堵のあまり、腰が抜けそうになる。全身から冷や汗がどっと吹き出した。
「顔隠して、これでも羽織ってろ。堂々としてりゃ、誰も俺たちのことなんざ気にもしねえよ」
自分が着ていた羽織を脱ぎ、鬼の面とあわせて俺に押し付ける。
喉元までせり上がった抗議を、俺はしぶしぶ飲み下した。
あまりに大胆だが、この男が言うことは一理ある。
"木を隠すなら森の中"ではないが、この大広間に集まった妖怪たちの中には一見、人間に見える者もいる。
下手に隠れようとするより、変装して妖怪たちの中に紛れた方が、千屋の目を誤魔化せるかもしれない。
妖怪たちは酒を飲み交わしながらしたたかに酔っ払い、「競り」がいつ始まるかと楽しそうに待ちわびている。ぱっと見るかぎり誰も、俺たちを気にしている様子はない。
意を決して、なまはげから奪った面を顔に装着する。
赤鬼の面は重く、内側が微妙に湿っていてひどく酒臭かったが、悠長なことを気にしているヒマは無い。
経緯と憶測をまじえ、ざっと現状を伝える。
東云は口を挟まずに俺の言葉に耳を傾けていたが、話が一区切りつくと、不可解そうに眉をひそめた。
「千屋吟、か。聞かねえ名だな」
東云が呟くのとほぼ同時に、しゃん、と鈴の音が響いた。酒を片手に騒いでいた妖怪たちが、一斉に静まり返る。
何事かと顔を上げた次の瞬間、大広間の奥で、唐獅子が描かれた襖が外側かするすると開いた。
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