第四章 神隠しの宿  ~中編~

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どこから手に入れたのか、東云は片手に持っていた瓢箪の酒をグビッと煽る。 「酒飲んでる場合かよ! 社長が……あんたの宿主が千屋につかまったんだ、早く助けないと」 「……センヤ?」 ちらりと俺を一瞥すると、瓢箪を口から離す。 「ふん。とりあえず、何が起きたか手短に話せ」 そう素っ気なく命じるなり、東云は壁を背にして胡坐(あぐら)をかいた。 あまりの傍若無人さに面喰い、ひやひやしつつも周囲を見回す。 「話せって、こんなところじゃ」 「いちいち周囲を警戒するな、小僧。コソコソする方が悪目立ちするぞ」 不機嫌そうに言うと、壁際で大きな(いびき)をかいて眠りこけていた鬼……「なまはげ」とよく似た妖怪に向かって手を伸ばす。 「お、おい! 何を――――」 止める間もなく、東云は素早くなまはげの顔から鬼の面をはぎ取った。 面の下からは鬼瓦のような、いかつく異形な赤ら顔が現れる。 「!」 しかし相手は泥酔しているようで、わずかに顔をしかめただけで、再び盛大な(いびき)をかきはじめた。 安堵のあまり、腰が抜けそうになる。全身から冷や汗がどっと吹き出した。 「顔隠して、これでも羽織(はお)ってろ。堂々としてりゃ、誰も俺たちのことなんざ気にもしねえよ」 自分が着ていた羽織を脱ぎ、鬼の面とあわせて俺に押し付ける。 喉元までせり上がった抗議を、俺はしぶしぶ飲み下した。 あまりに大胆だが、この男が言うことは一理ある。 "木を隠すなら森の中"ではないが、この大広間に集まった妖怪たちの中には一見、人間に見える者もいる。 下手に隠れようとするより、変装して妖怪たちの中に(まぎ)れた方が、千屋の目を誤魔化せるかもしれない。 妖怪たちは酒を飲み交わしながらしたたかに酔っ払い、「競り」がいつ始まるかと楽しそうに待ちわびている。ぱっと見るかぎり誰も、俺たちを気にしている様子はない。 意を決して、なまはげから奪った面を顔に装着する。 赤鬼の面は重く、内側が微妙に湿っていてひどく酒臭かったが、悠長なことを気にしているヒマは無い。 経緯と憶測をまじえ、ざっと現状を伝える。 東云は口を挟まずに俺の言葉に耳を傾けていたが、話が一区切りつくと、不可解そうに眉をひそめた。 「千屋吟、か。聞かねえ名だな」 東云が呟くのとほぼ同時に、しゃん、と鈴の音が響いた。酒を片手に騒いでいた妖怪たちが、一斉に静まり返る。 何事かと顔を上げた次の瞬間、大広間の奥で、唐獅子が描かれた(ふすま)が外側かするすると開いた。
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