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「競り落とす? そんなの、一体どうやって」
これから始まる「競り」がどんな仕組みかは分からないが、千屋の話から察するに、人間を売買するオークションのようなものだろう。
問題は、何が取引材料となるかだ。
手ぶらでこちら側に迷い込んだ俺には、先立つものがない。
もっとも財布や貴重品を持ちあわせていたとしても、妖怪のオークションに人間の金が使えるとは思えなかった。
目の前の男には、何か策があるのだろうか。
千屋がパン、と手を叩いた。
すると上段の間の近くから、真っ黒な毛に覆われた獣の腕が、にゅっと伸びる。
『人食い鬼の目玉!』
ひび割れた野太い声が、大広間に響き渡った。
それを皮切りに、妖怪たちは次々と腕を天井に向かって突き出し、声を上げる。
『俺は龍神の髭を掛ける!!』
『頭蓋の盃、仙骨を』
『狒々の干し首を、三つだ!』
案の定、妖怪の世界では人間社会の資本主義が通用しないらしい。
叫ばれる入札のための掛け品は干し首だの目玉だの、いずれも俺には用意しようのない物ばかりだった。
『鬼熊の生肝!』
『では反魂丹を!!』
価値基準は全く分からなかったが、入札が増えるたび、競りの空気がどんどん熱を帯びてゆく。
嫌な汗が体中から噴き出してくる。このままでは、社長が落札されてしまう。
東云は振り返り、にやりと笑って俺を指差した。
「これが人間を売る競りなら、うってつけの掛け金がいるじゃねえか」
「……!」
俺を取り引きに使う――――目の前の男は、そう言っているのだ。
広間に飛び交う妖怪たちの声が、どこか遠くもやがかかって聞こえる。頭にのぼっていた血が、一瞬で冷えた。
確かにここにいるのは皆、人間を買いに来た妖怪たちだ。
「そうだな。俺を元手に、あんたが社長を落札してくれ」
迷いと不安を押し殺し、つとめて冷静に答える。東云が「ほう?」と肩眉をはね上げた。
「命が惜しくないのか、小僧」
「惜しくないわけがないだろ。絶対、隙を見て逃げてやる。それに……」
柱に縛り付けられた社長を見上げ、拳を握りしめる。
虚ろな視線は相変わらず虚空をさ迷い、自分の置かれた状態にも、妖怪たちの声にも全く反応を示さない。
一体、社長はどうなってしまったのか。
唇を噛みしめると、舌に血の味が広がった。
「……あの人を失うくらいなら、自分が妖怪の餌になった方がマシだ」
『八百比丘尼の木乃伊でどうでェ!』
猫又が叫ぶと、周囲がどよめく。にわかに入札の掛け声が止まった。
『比丘尼の木乃伊か。それ以上のもんを掛ける奴はいないのかい?』
千屋が区切りをつけるように言って、上段の間から集まった妖怪たちを見回す。
東云は一拍置いてから、スッと右手を上げた。
「生きた人間だ。若い男を一匹」
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