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翌日、合鍵で杉内邸に上がり込んだ俺たちを、書斎の主は心なしか更にやつれた顔で出迎えた。
「おはようさん」
「おはようございます、杉内様。顔色が優れないようにお見受けしますが、大丈夫ですか?」
気遣きづかわしげに挨拶あいさつを返した社長に、老爺は力無く笑う。
「元からこんな顔やで、大丈夫や」
書斎に入ると、やはり黴(かび)のにおいが鼻につく。
全ての遺品が運び出されたがらんどうの八畳間は、やけに寒々しい。
老秘書がビデオカメラをセットしている間、俺と社長で、扉から半分のスペースに床の防護用カーペットを敷き詰めた。畳をはがす際、部屋を汚さないためだ。
押入れの手前から三畳、黄褐色に変色した畳をめくるとベニヤ板の荒床が現れる。
同時に、黴臭さが一段と増した。
「杉内様、このお家うちの敷地内に井戸があるのはご存知ですか?」
ベニヤ板に打ちつけられた釘を手際よく抜きながら、社長は尋ねる。
「……そういや、リフォーム業者も言っとたな。庭に枯れ井戸があるけど、塞いでもええかって」
老秘書の予想通りの答えだった。しかし、杉内氏の目がさっと泳ぐ。
それまで笑みを絶やさなかった社長の顔に、ほんの一瞬だけ、寂しそうな表情が浮かんだ。
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