第一章 終活のすすめ ~中編~

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更に数枚荒床を外すと、床下が露わになった。 すかさず社長が床下の、押入れの少し手前の一角を懐中電灯で照らす。 懐中電灯の光につられてそれを見た瞬間、背筋を悪寒が駆け上がった。 白い灯りに照らされた先には、1メートルをゆうに超える、大きな丸い鉄板が置かれていた。 おそらく、それで井戸を塞いでいるのだ。 (いる……) 鉄板の下、井戸の中に何かがいる。 根太(ねだ)をまたいで床下に下りた社長に、老秘書はすかさず紙袋を手渡した。 鉄板の真ん中に符(ふだ)を貼り、紙袋からしめ縄を取り出す。柱や束石を避けながら、鉄板をしめ縄ですっぽりと囲んだ。 その間、老秘書は紙袋から粗塩と清酒、米を取り出していた。それらを少しずつ小皿や器に移し、白木の供台に載せると、残った粗塩を袋ごと俺に寄こす。 「そのまま一掴みほどポケットに入れて、社長に渡してください」 言われた通りポケットに一掴みの粗塩をしまい、社長に回す。袋を受け取ると、彼女は鉄板の上や周りにまんべんなく塩を撒まいた。 老秘書も床下に下りると、鉄板の前に供台を置く。 「姉ちゃんらは、お祓いも出来るんか?」 一連の作業をじっと眺めていた杉内氏が、畳の上から声をかけた。社長は軍手をはずし、杉内氏を振り向く。 「いえ。お祓いは明日、神職の方にやって頂くので、その準備を少々。井戸の中にいらっしゃる御方と、お話をしておかなくてはなくてはならないので」 それを聞いた瞬間、杉内氏の顔が強張った。社長はそんな老爺の霊から目を逸らし、長いまつ毛をそっと伏せる。 「杉内様。無知からといえども、井戸を穢してしまったのは私たち人間なのです。一体誰に、この中にいらっしゃる御方(おかた)を祓う資格などあるのでしょうか」 「…………」 淡々とした、しかしどこか寂しそうな声に、杉内氏は苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。 社長は老爺の霊に背を向け、鉄板に向き直る。 今朝、この家に向かう途中の車の中で、社長から井戸に潜むものの正体と、鬼門が開いたきっかけにおおよその目星をつけていることを聞いた。 それらを一方的に消し去るのではなく、なるべく対話で穏便に事を解決したいという彼女の方針も。 「彼岸坂君」 この場にいる全員に背を向けたまま、社長は堅い声で俺を呼んだ。 「はい」
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