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「日歿堂は実力主義の会社です。年功序列ではありません。君が入社二日目だろうと二十年目だろうと、研修中だろうと役職付きだろうと、そんなことは関係ない」
自分に言い聞かせるように言って、社長は根太の間で器用に体を折り曲げ、床下で膝をついて屈んだ。
ほんの1メートル足らずほどの距離しか開いていないにも関わらず、細い背中がひどく遠く感じる。
「今朝も言いましたが、君が正しいと思ったことは積極的に行ってほしいし、たとえ上司でも納得できないことは指摘してください。私たちが知らないことを君はたくさん知っているでしょうし、逆もまた然り」
彼女がまとっていた柔らかな雰囲気が、どんどん堅く、研ぎ澄まされてゆく。
「私は様々な意見や方針の中から、最善策を選んでゆきたい。私やニコ、お客様が危ないと判断した場合、君の判断で動いてもらって構いません」
ほんの1メートル足らずの距離しか開いていないにも関わらず、か細い背中がひどく遠く、小さく感じた。
「ただし、いざという時は自分の安全を一番先に確保してください」
「……分かりました」
思わず背筋を伸ばした。
杉内氏や老秘書も口を挟もうとせず、真剣な表情で社長をじっと見守っている。
「マニュアルと一般常識が通用する業務はここで終了です。ここからは、心して立ち会うように」
―――――――――おそらくここからが、日歿堂の真骨頂。
すう、と息を深く吸う音が、静まり返った書斎に響く。
『掛けまくも畏き伊邪那岐大神
筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に
禊ぎ祓へ給ひし時に 生り坐せる祓戸の大神等』
鼓膜の奥がじわじわと熱くなるのを感じた。粛々と響く声は、人間の声というよりまるで笛の音のようだ。
独特の節をつけて、朗々と空気を揺らす祓詞(はらえことば)。
社長が昨日、杉内氏が内に取り込んだ瘴気を祓い、鬼門を封じたのは道教の霊符だった。
しかし今、塞がれた井戸に潜む何かに語りかける祝詞は神道のものだ。
(この人は、一体――――?)
『諸々の禍事罪穢有らむをば
祓へ給ひ清め給へと白すことを聞こし召せと
恐み恐みも白す』
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