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「……っ!」
とっさに体を起こすと、軋むような痛みがそこらかしこに走る。
どうやら自分は、投げ飛ばされたらしい。でも、一体誰に?
とっさに周囲を見渡す。俺の半径一メートル圏内にいたのはただ一人。
井戸の前で身じろぎもせず立つ、社長しかいない。
「調子に乗るなよ、虫螻蛄(むしけら)」
床下から響くのは、紛れもなく社長の声だった。高くも低くもなく、少しかすれたハスキーな声。
しかし彼女は、こんな話し方をする人だっただろうか。
「だが、その気概は買ってやろう。心置きなく主のもとに逝くがいい」
彼女を取り囲んでいた無数のイモリたちが、ぴたりと動きを止める。
次の瞬間、井戸の前に置かれた白木の供台が音を立てて舞い上がった。
呆然とする頭の片隅で、社長がそれを蹴り上げたのだと気付く。
「なっ!?」
派手な音を立て、米や清酒、塩が彼女の足元に散らばった。白磁の器が粉々に砕け散る。
「なんや、あいつ……」
杉内氏が俺を見た。俺も自分の目が信じられなかった。
意識を集中させ、社長を注視する。
作業服を着た華奢な後ろ姿から、黒装束をまとった男の姿が、社長の姿を透かすように浮かび上がった。
憑依――――社長の体の中に、別人の魂が憑いている。
「……あんた、誰だ」
おそるおそる尋ねると、社長……男は頭の後ろで結い上げた長い黒髪を揺らして振り向いた。黒一色の袴という服装と相まって、ひどく時代錯誤な印象を受けた。
俺を見ると、怪訝そうに顔を歪めた。
「あ?」
「いつから社長に憑いてた? 一体、何のために……」
一体、この男はいつ社長にとり憑いたのだろうか。
少なくともつい先ほどまで、姿はおろか気配すら微塵も感じさせずに――――
「ああ。お前、見鬼か」
「は?」
外見は社長そのものにも関わらず、目や顔つきがまるで違った。
ひどく獰猛な笑みに、ぎらぎらと底光りする琥珀色の瞳。
「この女から何も聞いてねえのかよ」
「……?」
「ふん」
鼻を鳴らすと、俺を無視して井戸に向き直る。すぐ背後の根太を、まるで細い枝を折るように、後ろ手でへし折った。
「まがいなりにも井戸神の神使だったな。ここで死に目に遭うのも何かの縁」
その切っ先を突きつけられて尚、井戸の主は微動だにしない。
「辞世の句くらいは聞いてやる。頭を潰すか、体を二つに裂くか、好きな方を選べ」
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