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悲鳴じみた叫び声がひび割れ、裏返る。しかしすぐ我に返ったように、社長はパッと手を離した。
「……ごめんなさい、急に大声を出してしまって」
「い、いえ」
気まずそうに、少し後ろに下がって俺から距離をとる。
「でも、私たちはチームです。君や周囲に危険が降りかかるというのなら、私は自分が持てる全ての権威と力を行使して、それを排除します」
心強い言葉だったが、どうにも腑に落ちなかった。
初対面のはずの俺に、社長は何故これほど力になってくれるのか。
「どうして、そこまでして……」
「私、欲張りなんです」
そう呟いて、自嘲するように小さく顔を歪めた。
「杉内様のように、大切なものたちは自分の手の届く場所で囲って守っていないと、不安で気が済まないから。それに」
老秘書がちらりと社長を窺う。
青みのかかった灰色の瞳にほんの一瞬だけ、かすかな憐憫の色が浮かんだ。
「君は覚えていないかもしれないけれど。幼い頃、自分以外の誰も信じられず、この世界の全てを憎んでいた私を救ってくれたのは、君と君のご家族の方々だったんです」
* * *
その後。
研修期間を終えた俺は、四月一日、晴れて正式に正社員となった。
三月の下旬を迎える頃には引越しを終え、予定より少し早めに遁走館の社宅で暮らし始めた。
日歿堂に入社する。悩みぬいて決めたことだが、不安と後悔が無いといえば嘘になる。
だがそれ以上に、この風変わりな社長と老秘書を信じてみたいと思ってしまった。
「君には、死者を救う資質がある」
初めて会った時、社長はそう言った。
一度は捨てるはずだった命だ。それが死者であれ生者であれ、誰かの役に立てるなら、俺の人生もさほど捨てたものでもないのかもしれない。
この決断が人生を大きく変え、後にとんでもない椿事を引き起こすことを、この時の俺には知る由もなかった。
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