間章 人身御供の守り神

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間章 人身御供の守り神

「ねえ、どうしてあなたはいつもお庭にいるの?」 庭木の下で微睡むかの神に、無邪気にも声をかけたのは、今年で八つになったばかりの末の娘だった。 幼子の言葉が思いもよらないものだったのか、皿のような一つ目をきょとんと丸くする。 「あなた、あたしたちの“守り神さま”なのでしょ? だって、父さま言っていたわ。この家には一つ目の神さまがいるって」 市之瀬家の守り神は一つ目。それゆえ、雷山の人身御供に選ばれたと言われている。 死後は山神となり、雷山を統べる大神より小さな山と神器をひとつ与えられた。 時は流れ、市之瀬家の先祖が山を開拓した折、先祖はこの地に住む代わりに一つ目の神を代々奉ることを、一つ目の神はこの家を守り続けることを互いに約束したらしい。 以来、市之瀬家の家紋は、守り神を模した一つ目の紋となった。 約定は今に至るまで違えられることはなく、一つ目の神を崇める市之瀬家はこの村の庄屋として栄え、不思議と疫病や洪水の難を免れ続けている。 「守り神さまも、いっしょにご飯を食べればいいのに」 『……オラは、あれで充分だ』 節くれだった長い指が、祠に供えられた神饌(しんせん)たちを指さす。 小さな白皿に盛られた塩や生米を見て、娘は不服そうに眉を寄せた。 「ええー、おまんじゅうのほうが絶対おいしいよぉ」 『……まんじゅう?』 「うん。千寿(ちづ)はねえ、酒粕がはいったやつが――――」 「これっ、千寿!!」 突然隣の部屋から飛んできた叱咤に、小さな体がびくっと竦む。パン、と音を立てて襖が開いた。 「なにもいない所で、一人で喋るなってあれほど言ったろう! まったく、よそ様に見られたらどう思われることか……」 「ご、ごめんなさい母さま……」 「それに、ちゃんと寝てなきゃ駄目じゃないか! また熱が出たらどうするんだい!!」 「はあい……」 すっかりしょげかえった末娘は母に手を引かれ、為すがままに寝床へ連れ戻されてゆく。 卯座姑様まで萎縮したように、古木のような巨躯を縮こまらせた。 千寿は一瞬だけ名残惜しそうに庭を振り返り、母親に気付かれないように、小さな手をそっと振ってみせる。 『なんだか、悪いことしちまっただなァ……』 大きな手をおずおずと振り返しながら、市之瀬家の守り神は申し訳なさそうに呟いた。 ハラハラと舞い落ちる銀杏の葉が、灰色にあせた蓬髪に音もなく絡みつく。
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