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間章 クローゼットの奥の骸骨
この子は、他の子と決定的に何かが違う。
それに気付いたのは、詩緒が二歳の誕生日を迎えた頃だった。
「詩緒ちゃん。ごはんだから、うさぎさんは後でね」
義母がぬいぐるみを取りあげた瞬間、詩緒の顔に不服そうな表情が浮かんだ。
同時に、テーブルがカタカタと揺れる。子供用のコップが倒れ、オレンジジュースがこぼれた。
「やだ、地震かしら?」
「最近、多いですねえ」
不安そうに周囲を見渡す義母に同調しながら、内心、動悸が収まらなかった。
小さく切ったハンバーグを、急いで娘の口に運ぶ。詩緒が食べ物に気をとられると、テーブルの揺れはピタリと止まった。
早々と食事を済ませ、私の体調がすぐれないと嘘をつき、私たち家族は義父母を置いてレストランを出る。
詩緒が言葉を話すようになるにつれ、不可解な現象は何度も起きるようになった。
詩緒が不機嫌になると、周囲にあるものが触れてもいないのに、ひとりでに動き出す。
テーブルや椅子、食器、本、玩具、時には観葉植物や小型の家電など。それらが揺れたり、引き寄せられるように地面を滑ったり、棚から落ちたり。
初めのうちは、ただの偶然だと思っていた。
けれど不可解な物理現象を何度も目の当たりにするたび、頭の中で疑念は膨らんでゆく。
詩緒が欲しがって手を伸ばしたものは、手が届かない高い所に置かれていても、見えない手に引っ張られるように詩緒に向かって落ちてくる。
嫌いな野菜を娘の口元に運べば、食卓や食器がひとりでに揺れる。大人でも持ち上げるのがやっとな四人掛けのテーブルが、震えるようにカタカタと揺れる。
おやつやコップ、着替え、お気に入りの玩具や絵本が床や机上を這うように、詩緒に引き寄せられるように動いたこともあった。
幼い娘が垣間見せる異様な一面に、私たち夫婦は我が子への不安と恐怖に気づかないふりをして日々をやり過ごす。
娘は「普通」だ。
少し癇癪が強くて過敏なだけの、ごく普通の女の子だ。
そもそも、触れてもいない物が動くわけがない。
目の錯覚か、動いた物が何かと接触していたことに、自分たちが気付いていないだけ。
私も夫もそう思っていた。思い込もうとしていた。
しかし時が経つとともに、詩緒の「力」は強く、隠しようのないものになってゆく。
結果的に、かりそめの平穏が長く続くことはなかった。
三歳を過ぎた頃から、詩緒の「力」が周囲の人間に危害を加えるようになったためだ。
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