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間章 廃校の夜
煌々と光る月が貯水槽を照らす。
錆びた防護柵から地上を見下ろすと、頭の奥に鈍い痛みが走った。
「うっ……」
外灯の光は頼りなく、屋上からは地面が見えない。風が吹くたび樹々が枝葉を揺らす音が、静まり返った周囲にざわざわと響いた。
「大丈夫? まさか二日酔い?」
貯水槽にもたれるように立っていた制服姿の少女が、私に歩み寄った。夜闇に溶けるような紺のスカートが、夜風に吹かれてふわりと膨らむ。
「……大丈夫です。少し頭痛がしただけなので」
「その敬語、ちっとも変わらないんだねえ」
そう言って呆れたように笑う彼女こそ、少しかすれた声や、実年齢より少し幼く見える顔立ちは、五年という歳月を経て全く変わっていない。
「それで、何の用ですか?」
「何って、メールに書いたじゃん」
ムッと目を細めると更に数歩、私に歩み寄った。
反射的に半歩後ずさると、かしゃ、と枯葉を踏み潰す感触が靴底に広がる。
「委員長に探してほしいものがあるの」
折しも、今日は秋分の日だ。秋も半ばの涼しさにも関わらず、全身に嫌な汗が浮かんでくる。
動揺と疑心、そして恐怖を押し殺し、対面に立つ少女をスマホの懐中電灯アプリで照らした。眩しそうに目をすがめ、負けじと私を見つめ返す。
こちらを窺うような瞳と、真正面から目が合った。
私の記憶の中の彼女と、何ら変わりない顔だった。
「あなたは、本当に……」
顎の下で切りそろえた、光を透かす細い髪。
私より頭一つ低い位置にある頭、華奢な体。学校指定の白襟のセーラー服、膝上丈のスカート。色白な肌と桜色の薄い唇、色素の薄い大きな瞳。
相手を真正面から見据える双眸には、意思の強さと頑迷さがある。
「本当に、鹿島詩緒さんなんですか?」
絞り出した声が、掠れて震える。
目の前に立つ少女は、5年前に死んだはずのクラスメイトと酷くよく似た姿形をしていた。
そもそも自分は何故こんな所に――――三年前に廃校になった母校にいるのか。
ほんの数時間前まで、私は彼岸坂くん……中高の時の後輩に誘われ、居酒屋で酒を飲んでいたはずだった。
「そうだよ」
まとまらない思考を遮るように、高く澄んだ声が響く。
慣れないアルコールで濁った意識や視界が、少しずつクリアになってくる。
目の前の少女の体は暗闇の中で、まるで蛍のようにほの白い光を発していた。
「……私だよ、委員長」
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