間章 地下室

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間章 地下室

「社長!!」 地下から響いた哉汰の声で思わず顔を上げると、同じくスマホから顔を上げた利仁と目が合った。 仕分けた家具を梱包していた旭も手を止め、地下へ通じる入り口に歩み寄る。 「お姉様?」 呼びかけた声に、返答はない。 すると一畳大に切り取られた入り口をのぞき込んでいた利仁の顔がみるみるうちに凍り付いた。 「利仁? どうした?」 「この臭(にお)いって、まさか」 青ざめた顔で呟くなり、身を乗り出して地下を覗き込む。 次の瞬間、埃(ほこり)や黴(かび)のにおいに混じって、血と下水が入り混じったような異臭が漂ってきた。 唐突な悪寒に見舞われ、全身の皮膚が粟立つ。 この腥(なまぐさ)い異臭には覚えがあった。 九ヵ月前に哉汰の初仕事の現場となった、古井戸の底で鬼門が開いてしまった家に漂っていたのと同じにおいだ。  ・・・・ 「向こう側のにおいだよね、これ。それに地下から二人の声どころか、急に物音ひとつ聞こえなくなったけど……」 利仁の言葉に、旭はにわかに顔色を変えた。 「待てよ、危ねえって!」 懐中電灯も持たず地下へ通じる階段に降りようとする彼女の腕を、とっさに掴み、引き止める。 「離して!! お姉様に何かあったら――――」 「落ち着け! とりあえず俺が見てくるから、利仁とここで待ってろ」 旭を利仁に押し付け、地下へ降りる。 懐中電灯は哉汰と東雲さんが持って行ってしまったため、スマホの懐中電灯アプリを使った。 地下へと伸びる階段は、思いのほか長い。 壁際には古い家具や家電製品が、雑多に並んでいる。どうやら、地下室は物置きとして使われていたらしい。 ぐるりと見回すが、二人の姿は見当たらなかった。 「……哉汰? 東雲さん?」 呼びかけるが、当然のように返事は無い。利仁が言った通り、物音ひとつ聞こえてこない。 頼りない光をかざしたその時、ふと部屋の奥でわずかに片引き戸が開いていることに気付く。 地下室は一部屋だけではなかったらしい。 おそるおそる扉を開ければ、ひときわ濃い異臭が鼻をつく。 真っ暗で殺風景な隣室には、誰もいなかった。部屋の奥の壁際に小さな和箪笥が置かれているだけで。 頼りない光の端をちらりとよぎった小さな影に、ぎくりと立ち止まる。 「うそだろ……?」 二人の姿は無い。気配すら感じない。 しかし和箪笥の前には、哉汰が持っていたビデオカメラが転がっていた。
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