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 今日も僕の店には客が来ない。閑古鳥の鳴き声さえ聞こえない。  その理由は分かっているつもりではある。この辺りは書店通りで有名なのだが、その書店通りから路地を入ったところに僕の店があるのだ。多分、立地が悪い。そのように言い訳まがいの言葉を並べないと、飯を食う程の収入さえないことに、発狂して暴飲暴食してしまいそうになるからだ。食費はこれ以上かけることはできない。  ピンヒールの音が聞こえる。多分、あのお客さんだろう。このピンヒールの音は、毎日、決まった時間に聞こえてくる。それだから、街のスピーカーから流れる夕焼け小焼けであったり、朝に鳴く鶏よりも、正確な時間を把握できるのではないだろうかと、勝手に想像を膨らませていた。 「ねぇ、店員さん、ごめんなさい。前に頼んでいた本なんだけど…、あるかしら?」上品な口調で、ピンヒールの彼女は僕に質問を投げかけた。 「ああ…、それなら、今奥で別に取っておいてあるので、持ってきますね。ちょっと待っててください」 「わかりました。ありがと店員さん」  彼女は微笑みながら、胸の前で両手を合わせた。     
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