3、偽りの関係

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3、偽りの関係

 ヴィルヘルミーアがヨーセフに持ちかけられた取引とは、その存在を黙認する代わりにヴィルヘルミーアの本名を教え、またパーラーメイドとしてヨーセフの側に仕えろというものだった。  この申し出は、ヴィルヘルミーアには全くもって意味が分からなかった。 (名前を教えろだと? そんなものが一体何の役に立つというのだ? その上パーラーメイドだと? 昇格以外の何物でもないじゃないか)  今のヴィルヘルミーアはハウスメイドという主に掃除が仕事の役職だが、パーラーメイドは主に接客が仕事で給料もかなり違う。  だが、これは後で納得がいった。パーラーメイドはヨーセフが呼びつけやすいのだ。基本、客が来なければ時間を持て余しているから。  早速ヴィルヘルミーアを呼び出すと、ヨーセフは不敵な笑みを浮かべながらこう言った。 「さてと、とりあえずは取引成立を祝おうじゃないか」  彼はゆったりとソファーに腰掛け、ワインを注ぎながらヴィルヘルミーアを見上げる。  ヴィルヘルミーアはヨーセフを睨みつけ、尖った声で吐き捨てた。 「くだらない。貴様の目的は何だ。人質にでもしたつもりか」  その気になればヴィルヘルミーアはいつでも自害できるし、彼を殺すことも出来る。武器も取り上げず、身体検査もせずにそのまま邸におくとは、一体どういう了見なのだろうか。 「君の思考では、どうやっても僕が君を愛してるからってことにはならなそうだね」 「……戯言を聞く気はない」  スパイと知りながら愛する人間などどこにいるものか。  冷たく鋭い言葉にヨーセフは笑った。 「まあ、ともかく君は取引に乗った。パーラーメイドになったお陰で上手く行けばキャピオーエレの核心に近付けるんじゃないかな」  ますます彼の考えていることが分からない。キャピオーエレは彼の父の商社だというのに。 「それで、忘れてないとは思うが? 僕は君の本当の名前をまだ聞いてない」
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