最終章 貴方と溽暑にまどろむ

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4 ガヤガヤとそこかしこから聞こえてくる雑音のような他人の声を人口密度の高い空間で只管聞き流していた。 沢山の食べ物の匂いと酒の匂いが混ざり合い居酒屋独特の雰囲気を醸し出す。 梶原に誘われた昌弘がやってくれば、珍しさからか大層声をかけられた。 「キャー! 西野くんがホントに来てるー! あたしも今日来てよかったー! 」 「おっ、西野が来るなんて珍しいな。さあ、呑め呑め」 次々かけられる黄色い声と野太い声に苦笑しながら昌弘は律儀に応えていく。 思っていたよりも大所帯な人数は後から確認すれば同じゼミ以外の連中も随分と紛れ込んでいたらしい。 呑める場所があるのならばどこにでも出没したくなるのがイマドキの学生達なのかもしれない。 乾杯から一通り面識のある人間達とは酒を酌み交わした。 今まで一度として参加することのなかった昌弘に女子達はテンションが上がり、男たちもそのノリに便乗して女子達に群がった。 まだまだ昌弘と話したそうな女子達がいたが男達が各々酒を勧めていく。 参加したものの学生達の独特のノリについていけない昌弘だったが都合が良かった。 『やっと、静かになった』 やっと周辺の喧騒が散らばり、己の周りが静かになれば心の中で独り言ちればそっとポケットから携帯電話を取り出す。 画面に映る液晶の中に『着信 浅井緑 2件』と文字が見えた。 この居酒屋に来る前に鳴り響いた着信音はとことん無視した。 今日、浅井家に行かない事を緑の父である透にしか連絡していなかった為に電話をしてきたのだろうがどうにもその着信を取ることはできなかったのだ。 そもそも今日の家庭教師を休みたくて承諾した飲み会である。逃げている事だとは思っても緑と向き合うことを躊躇ってしまうのだ。 液晶に浮かぶ緑の名前を見つめていれば後ろから声をかけられた。 「ういーい! 西野、呑んでるか? ん? 着信? ミドリちゃんてお前の彼女か? 」 梶原が酒の匂いをさせながらやってくれば、背後から覗き込んだ拍子に見えたのだろう携帯電話の画面に浮かぶ『着信 浅井緑 2件』という文字を見てそう言った。
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